三十路で初恋、仕切り直します。

「……泣いて貰えるほど惚れられるなんて男冥利ってもんだけどな。折角おまえが俺のもんになったってのに、一時でも自分の手から離さなきゃなんねぇ俺の方がよっぽど不安だって言うんだよ」


泰菜の不安を宥めるためなのか、今日の法資は嘘のようにそのまなざしも、頭を撫でてくる大きな手もやさしい。


「……でも法資モテるもん。わたしと違う」
「違うって何が」

「ほ、ほかにもお嫁さんのあて、あるだろうし」


自分で自分の言葉に余計に不安が煽られてしまう。オサムに振られた失恋の痛手は法資が癒してくれた。けれどもし、その法資に捨てられてしまったら。


「おまえな。むちゃくちゃ不細工だぞ、今の顔」


法資が自分に背を向けた姿を想像しただけでも涙がこぼれてきてしまう。

法資の誠意を疑っているわけではなく、自分に自信がなかった。自分みたいな平凡で特徴のない女が法資に愛し続けてもらえるような自信がどうしてもなかった。離れてしまえばその不安はいっそう強くなるはずだ。


「もしかしたら、会わない間、他にもっと法資に似合う、法資が結婚したくなるようなひと、現れるかもしれないもん。……そしたらわたし」

「あのな。今までにだって結婚を考えてみた相手くらい、付き合った女の中にいるんだよ。おまえだって前の奴と結婚、ちょっと意識してたみたいなこと言ってただろ」


面白くなさそうに法資がぼやく。


「ガキの頃はともかくな。会わなかった12年の間、常にお前のこと考えてたわけじゃないし、いきなりに上海に飛ばされた頃は業務だ資格試験だ語学だのに追われて、おまえのこと少しも思い出さなかったし、思い出す暇すらなく過ごしていたときが何年もあったよ」


それは泰菜とて同じだった。

ついこの前再会するまでは、法資は大切な幼馴染だけど、自分の人生にきっともう交わることもない遠い思い出の中の存在に過ぎなかった。


「それでもな、この前、俺に抱かれた後に隣で眠りこけてるおまえの顔見て。そのとき俺が感じた、他の誰にも感じたことがなかった、自分が納まるべき場所に納まったっていう確信みたいな感覚っていうか。やっと正しい場所にきたような肯定感だとか安堵感だとかはさ……きっとおまえには一生分からないんだろうな」


悔しそうにそう言って笑いながら、法資は泰菜のおでこにいとおしげにくちびるで触れてきた。


「つまり俺はな、おまえが思ってるよりずっとおまえに弱ってるんだよ」






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