三十路で初恋、仕切り直します。
15 --- その後のこと
「たーちゃんのお陰でいい買い物が出来たよ」
和菓子屋の紙袋を手に提げた津田が、泰菜の隣でうれしそうに笑う。
法資に見送られて出勤した泰菜は、本社に帰社する津田と山田を車に乗せて最寄の駅まで来ていた。通常は工場の客人を送るのは庶務課の仕事だけど、今日はあえて泰菜が引き受けた。
駅に着くなり津田が「なにか土産物を買えるお店、このあたりにある?」と訊いてきたから、車を降りて駅裏をしばらく歩いたところにある和菓子屋まで案内し、店でいちばん人気の菓子を購入してきた。
ちなみに新人の山田は、彼なりに気を利かせてなのか「俺はホームで待ってます」といって一人で先に行ったので、今は泰菜と津田の二人きりだった。
「これが噂の静岡の『新屋』のきんつばかぁ」
駅に向かいながら、紙袋を目の前に掲げて浮かれたように津田が言う。
『新屋』は老舗の和菓子屋で、以前は地元民と通の甘味好きにのみ知られた、知る人ぞ知る菓子屋であったが、数年前に静岡出身の大物女優のお気に入りとしてテレビで紹介されて以来、隠れた銘菓としてその名が知られるようになっていた。
「まさか出張先で話題のスイーツが手に入るなんて。ほんと、ありがとう」
子供みたいな津田の喜びように、思わず泰菜はくすりと笑う。
「津田くんってそんなに甘いもの好きだったっけ」
「いや。これはさ、職場のみんなと、あとは奥さんへのお土産」
そういって笑う津田の薬指は今日も空のままだ。
「マメなのね、津田くん」
「菜々子さんは甘いものに目がないひとだからさ」
「本当に奥さんのことが大事なのね」
「うん、愛しているよ」
津田はなんの曇りもない顔で言うから、うっかりその言葉の後に続く「俺はね」という呟きを聞き逃しそうになった。
聞こえなかったふりをするのか、冗談を聞いたような顔をするのか、それとも真面目な返答をするのか。そのどの態度も選べずにいると、泰菜の気まずさに気付いた様子で津田が別の話を振ってきた。
「ねえたーちゃん。今日は桃木、どうしてるの?」