三十路で初恋、仕切り直します。
「正直俺、昨日たーちゃんにやさしくされてたら、コロッと堕ちてたよ」
その言葉に隠されたいくらかの本気には気付かないふりをすると、津田は何かを言いかけ、でも口を開く代わりに苦笑した。
「ごめんね。今の話は忘れて。心配しなくても今はさ、なんかもう大丈夫だから。たーちゃんと桃木が上手くいったこと知れて、俺も初心に戻ってみようって頑張る方向に気持ち切り替わったところだから」
「……ごめん」
津田がとぼけたように「何が?」と訊いてくる。
「津田くんの話聞くって言ったのに、昨日全然聞けなくてごめんなさい」
「ううん。こちらこそ。ってかこんなとこで自棄くそみたいに話してごめん。それに他人のくせにいろいろたーちゃんたちのことに首突っ込んじゃってごめん。……なんだかさ、勿体無くて。きっと気持ちが通じ合えるだろうひとたちがそう出来ないのは、俺の目から見るとすごく歯痒くて。それでついお節介」
正午を知らせるメロディーが、駅構内から聞こえてきた。
「津田くん、そろそろ」
「お。ホームに行かないといけない時間だ。きっと山田が今頃ひとりぼっちでやきもきしてるぞ」
その顔は、まるで従順な後輩を振り回して楽しんでいるようだった。
「じゃあねたーちゃん。次ぎ会えるのは二人の結婚式のときかな?あ、でも俺新婦の元彼って立場微妙すぎて呼んでもらえない?」
「……いくらなんでもそんなことは気の早い心配よ」
「いいじゃん、さっさとお嫁さんになってあげなよ。入籍するときは俺にも教えてね!」
津田は手を振って去りかけ、けれどいくらも歩き出さないうちに泰菜を振り返る。
「たーちゃん」
「どうしたの?本当にそろそろ急がないと」
津田は改まったように表情を引き締めて言った。
「たーちゃん。きっと結婚ってさ、自分が後悔するのもつらいけど、相手に後悔させるのもそれと同じかそれ以上にしんどいもんなんだろうと思う。だからさ」
--------桃木のためにもどうか幸せになってあげてね。
それだけ言うと津田は高校生のときから何一つ変わらない、如何にも好青年然とした笑顔で改札口に駆けて行った。