三十路で初恋、仕切り直します。
手洗いを済ませて居間へ戻ると、法資がごはんとお味噌汁を盛ってくれているところだった。
「こんなことまでやらせちゃってごめんね。今日車取りに行ったりして忙しかったでしょ?」
ほかほかのごはんが盛られたお椀を受け取りながら言うと、「べつにそう大変でもなかった」と法資が答える。
「昼過ぎには向こう着いたし、道も渋滞してなかったから夕方にはこっち戻ってこれた」
「その後で買い物行ったの?冷蔵庫にろくな買い置きなかったでしょ」
「帰りがけにスーパー見つけてな。スーパー千川。俺らがガキの頃から変わってなくてびっくりした」
「あの辺もだいぶ変わったけど、千川だけは外観も中身も昔のまんまだからね。わたしも買出し行くときはいつも千川行ってるよ。でもすごい手際だなぁ、朝霧温泉まで車取りに行って、買い物して、これだけの品数作って」
要領がよくて卒のない法資のことだ、きっと調理もさらりとこなしてしまうのだろう。台所に立つその姿を見てみたかったなと思いながらもう一度じっくり食卓を眺める。
「おいしそう。法資はきっとわたしよりお料理上手だね」
心から感激する泰菜に、法資は何故か決まり悪そうな顔をする。
「あ、ごめんね、食べないで待ってってくれたんだからお腹減ったよね」
改めてお礼を言いながら向かい合い、二人して手を合わせると、自然に目が合う。どちらからともなく笑みを浮かべながら「いただきます」と言ったふたつの声が重なる。
ただそれだけのことで、まだ何も食べてないうちからあたたかく満たされたような気分になる。
「わたし、これ好き。ほんとすごいね、法資」
棒々鶏を口に運びながら泰菜は満面の笑顔だった。おかずに箸をつけるたびに「おいしい」と言い続けていると、とうとう耐え切れなくなったかのように法資が渋い顔で言った。
「すごくなんかねぇよ」
「すごいよ、ほんとおいしいもん」
「……うまくて当然だ。『麻婆豆腐の素』だとか『棒々鶏の素』だとか、惣菜の素使って拵えたもんだからな」
なんだか法資がとても後ろめたそうに言うから笑いそうになってしまった。
「料理なんてたいしてやったこともねぇよ。……だからもやしとか、火通しすぎてべちゃべちゃになってるだろ。味噌汁の葱の大きさだっていいかげん不揃いだし」
それの何が問題なのだろうかと、落ち込んだような顔する法資を見て疑問に思う。
「そうだとしてもすごいよ……?うちのお父さんなんて、目玉焼きも満足に焼けないのよ。半熟好きなのに火を通しすぎちゃったり、油敷くの忘れてフライパンに焦げ付いちゃったり。そうめんとかうどんすら茹でようとしないのよ?」
言いながらマーボー豆腐のおかわりをたっぷりお椀によそる。
「あったかいしおいしいし、十分ありがたいよ」