三十路で初恋、仕切り直します。
仕事で神経をすり減らして、へとへとになって帰ってくる法資を、あたたかい部屋とおいしい食事で出迎えたい。「おかえりなさい」と言ってその日いちにちの苦労を傍でねぎらってあげたい。
「泰菜?どうした、眠くなってきたのか?」
ぼうっと法資を見詰めていると、法資が気遣わしげに訊いてくる。
「……ううん」
「じゃあもっと食えよ」
そう言って法資はおかずの盛られたお皿を泰菜の方へ寄せてくる。
「寝てないからそろそろ限界だろ。お疲れ」
「大丈夫だよ。……ありがとう」
……今日も職場ではいろんなことがあった。
津田たちを見送りすこしばかり遅れて帰社するとすぐにお局さまが嫌味を言いに来たし、折角立てた生産計画を台無しにされるような営業からの無茶な要求が入ったし、休んだ千恵の代わりにやらなければいけなくなった仕事も増え、それで機嫌を損ねた田子班長を現場まで宥めにいかなければならなくもなった。
自業自得とはいえ眠くて何度も意識が遠のきそうになり、空調なんてない現場ではあまりの寒さに体は芯から冷えて震えてばかりだった。
それでも。
家に帰れば法資がいるんだと思っただけで、すべてのことに耐えられた。
一人だったときには「帰宅すること」が「仕事から解放される」という意味の味気のないものだったのに、法資が家で待っていると思っただけで帰宅することが待ち遠しく、それを励みにつらくても大変でもがんばろうと思えた。
法資が支えてくれた。
法資の存在が、泰菜を癒し、支えてくれたのだ。
「……本当に。本当にありがとう、法資」
泰菜の言葉に、法資がくすぐったそうに目を細める。
今自分が感じているうれしさや安堵を、今度は法資に与えられるようになりたい。
このひとに寄り添って、平凡でささやかなしあわせに満ちた、そんな日々を送りたい。
この夜、法資の顔を見ながら、泰菜はそんな未来を胸に思い描いた。