三十路で初恋、仕切り直します。
本気で自分の不貞を疑っているわけではないだろうが、それでも泰菜は不安になっているのだろう。
異国にいる彼氏に『会いたい』という気持ちを無下に突っぱねられたこの状況で、もし他の男にやさしくでもされたら泰菜は簡単になびいてしまうんじゃないかと苦く思った。
けれど腹を立てながらもきっと今頃自分のことで頭がいっぱいになっているんだろうなと思えば、得もいえぬ幸福感が胸に満ちてくる。
我ながら性格が悪いと思う。
こんな駆け引きめいたことをしなくとも、泰菜が自分に惚れていることなど十分分かっているし、気を引こうとして素っ気無く振舞えば、泰菜がその態度に傷つきつらい思いをすることも知っている。
それでも泰菜を思い切り甘やかしてやりたいと思う一方で、わざと泰菜に意地の悪い態度を取って泰菜の心を試したくなる気持ちもあって、相反する感情が時折自分を自分らしくない行動に追い立てた。
以前は恋愛で自分を見失うことなんてなかったし、恋人にたいしてもっと割り切ったドライな態度でいられたのに。自分の方がよほど泰菜のことで頭が一杯じゃないか。そんな結論に行き着いて笑い出したくなってしまう。
たかが恋愛に、自分は何を夢中になっているのだろう。
常に選ぶ立場にいて、好きなとき、自分が気に入った女を相手に、自分を愉しませるためだけにしていたのが自分の恋愛だった。
子供のように相手の気を引こうと画策してみたり、相手の言葉や態度に気を揉んでばかりの今は、惚れた方が負けという恋愛において、かつて自分が「劣位」にいると侮っていた、いわば敗者の立ち位置にいる男たちの振る舞いだ。
その敗者という泥沼に、今では自力では這い上げれないくらい深く嵌っている。