三十路で初恋、仕切り直します。
「……先輩」
呼びかけると美河は「なあに」と甘えた声で答えながらじゃれつくように擦り寄ってくる。
「法資くん、もう1回したくなっちゃった?」
「………いつか俺、刺されるんじゃないっすか」
美河はおかしそうに肩を震わせる。
「何それ。誰に?」
「梶先生に。今日だって俺、視線で射殺されるかと思った」
小野寺が自分を恨みがましい目で見つめていたように、美河のことを見つめている人がいた。勿論美河が気付いていないわけがない。というよりむしろ故意だろう。
「先輩、俺みたいな当て馬とのセックスに耽りまくってていいんですか?」
「やだ。法資くんってばスネてるの?わたし普通に法資くん好きだよ?」
はぐらかすようにそう言った後で「法資くんがわたしを好きな程度くらいには」という。
「それってつまりたいして好きじゃないってことですか」
「わぁ。ひっどーい。あたしのことたいして好きじゃないの?」
きゃらきゃら奇妙なテンションで笑いながら、美河がきれいな顎をちょこんと胸に乗せてくる。
「なんでそんなこと訊くの?あたしのこと面倒臭くなった?」
あくまで口を割ろうとしない美河に自分の役割を悟る。
自分は無駄に詮索したり嫉妬したりしない、都合のいい解消相手。そして美河も自分にとっては合わせ鏡のような存在なのだ。
「……べつに」
「法資くんが太一先生のことがどうしても気になるってなら、話してあげるけど?」
試すように訊かれて「先輩がいいなら俺も気にしない」と答えると、「それでよろしい」といって美河が笑う。その顔はやっぱりどう見ても完璧な美人にしか見えなかった。
◆ ◇ ◆
セックスをするような関係だけど、美河が自分のものだと思ったことはない。
普通の男ならあんな美人が自分のものにならないことに嫉妬したり苦しんだりするだろうに、そんな感傷は目の前を通り過ぎるだけで自分の身にはなじまない。
ただ冷静に美河とはセックスをするだけの仲だと受け止めている。自分はどこかおかしいのかもしれない。
最寄駅から家までの帰る道すがら、そんなことを考えながら歩いていた。