三十路で初恋、仕切り直します。
美河が好きな男は自分ではないと、付き合って早々に知った。
美河が自分に告ってきたのも、ただ彼女の「初体験の相手」として自分が適当だったから選ばれただけなのだと気付いている。
美河が入学当初から英語教師の梶に片思いしていることは付き合っているときに聞いた。梶は美河と親しくなっても、美河に思いを告げられても、決して教師と生徒の一線を越えることなく、その所為で美河が苦しんでいたことも。
それがもう半年ほどで彼女が卒業するときになって、梶の方から『本当は美河のことが好きだった』と告げてきたという。『卒業してなんのしがらみもなくなったら付き合ってほしい』とも言われたのだと。
普通ならそれでめでたしめでたしとなるところなのだろう。だが美河はそんな梶の態度が気に食わなかったらしい。
『だいたい勝手だと思わない?今までさんざん『生徒だから』って分別臭いこと言って線引いて人のこと傷つけてきたクセに、もう卒業でわたしが生徒じゃなくなるって途端に『OK』だなんて。調子がいいと思わない?』
枕元で美河はそう梶のことを罵っていた。
『いつまでもこっちが好きでいると思ったら大きな間違いよ。そっちの都合だけで物言わないでよってなるでしょ。わたしはわたしのこと本気で好きならリスク冒す覚悟くらい負ってくれなきゃ嫌。安全圏から出てこないような男なんてこっちから願い下げ。それをあいつ、今更何よ』
美河はきれいな見た目とは裏腹に内面はひどく屈折していた。
自分と付き合いだしたのも、いまだに自分のことを誘うのも、すべては本当は好きで好きでしょうがない梶に当てつけるためだ。
まるで片思いだった頃の復讐をするように、美河は自分とセックスをしてみたり梶の前で見せ付けるように好きでもない男子と親しげにしてみせたり、梶の心を傷つけ翻弄するような態度ばかり取っている。
そのくせそんな自分自身のふるまいに自分がいちばん傷つき、泥沼のような梶への恋心にずぶずぶと沈んで苦しんでいる。
そんな面倒でひねくれた女なのに、遠ざけることが出来ずにいる。
美河とのセックスが手放せないわけでもないし、彼女に恋焦がれているわけでもない。……美河に恋するには、彼女が抱える鬱屈とした感情と自分の抱えるものが似すぎている。
--------彼女は自分の合わせ鏡だ。