三十路で初恋、仕切り直します。
考えるともなしに考えているうちに家までついていた。
つい習慣で斜向かいの相原家の家を見ると、もう夕飯時だというのに玄関もリビングも2階の部屋も、どこにも灯りがともっていない。
まさかと思いつつ自宅の玄関ドアを開けると、そこにはきちんと揃えられたコンバースがあった。父親のでも兄のでも、そして自分のものでもないちいさなサイズのスニーカー。
玄関先に伸びた廊下には、リビングから聞こえてくるたのしげな笑い声が漏れていた。わざとらしく大きな音を立ててそのドアを開けると、背中を向けて座っていたちいさな身体がびくりと跳ねた。予想に違わず、そこにいたのは泰菜だった。
「おかえり。法資、随分遅かったな」
先に声を掛けてきたのは兄の英達だ。その向かいに座っていた泰菜はドアの方に振り返ると会釈するようにちいさく頭を下げる。それまで兄とたのしそうに談笑していたというのに、自分の顔を見るなりその顔は笑みを潜めた。
------------お邪魔して悪かったな。
心の中で毒づきながら、泰菜から視線を逸らして撒いていたマフラーを剥ぎ取った。
「俺は泰菜ちゃんと先食べちゃったけど、おまえ飯は?」
「……食う」
兄に返事をすると、泰菜がおずおずと口を開いた。
「あの、それじゃわたしそろそろ……」
「帰る?うん、それじゃさ。法資、泰菜ちゃん送っていってあげなよ」
英達の言葉に大げさなくらい泰菜がぶんぶん顔を振る。送るもなにも、泰菜の家は斜向かいで歩いて数十歩、時間にして数十秒の距離だ。
「大丈夫だよ英ちゃんっ、それじゃわたし帰るね。ごちそうさまでした。おじさんにもよろしくね」
そういって泰菜がリビングの真ん中にある炬燵から飛び出すと、剥き出しの太腿が現れた。
「ほら。泰菜ちゃん、そんな恰好だしさ。法資ちょっと見送ってあげてよ」
英達に言われて、泰菜は恥じ入るように顔を赤くさせる。
泰菜が着ているのはふわふわした素材のルームウェアの上下で、穿いているのはショートパンツのような丈の短いものだった。寒い季節だというのに脚の大部分が丸出しだ。どうやら近所の気安さでこの部屋着のまま家から来たらしい。
「ほんと、英にいちゃん、わたし大丈夫だってば」
泰菜があくまで見送りを固辞するので、嫌がらせのようにむしろ進んで玄関へと向かってやった。
泰菜は戸惑ったような顔をした後、手に紙袋を提げて慌てて追ってくる。きっと父が拵えた常備菜でも持たせてやったのだろう。
泰菜が来るのを待たずにさっさと家の外へ出ると、コンバースを突っかけた泰菜が玄関から飛び出してきた。