三十路で初恋、仕切り直します。


美河の方が簡単にヤらせてくれるし、
美河の方がよほど女らしくてそそる身体をしてる。
泰菜よりもはるかに美人だし、
泰菜より男に慣れてて、具合もいいはずだ。



泰菜なんて、美河と比べたら何もかも足らない、女としてはまだ未発達な子供みたいなものだ。


けれど泰菜が家に上がりこんだ後ろで、まっさらな膝裏に手を伸ばしかけていた自分の手が宙を切る。一瞬で我に返って今自分は何をしようとしていたんだと動揺する。

肌の色は泰菜の方が白くても、申し分のないスタイルの美河は言うまでもなく、今日別れた小野寺だって泰菜と比べればよほど女らしいきれいな脚をしていた。


----------泰菜程度のレベルの女に自分は何血迷っているんだ。


忌々しく思う傍ら、もし自分の指があの白色に届いていたらどんな感触だっただろうかと想像している自分にも気付く。


-----------きっと自分は頭がおかしいのだろう。


それは今にはじまったことではない。いちばん初めにおかしくなったと自覚したのは中学生のときだ。

泰菜のことをそういう目で見たことなどなかったのに、ある日突然、泰菜にはとても話せないような内容の夢を見た。深い罪悪感と自分への嫌悪を抱いてしまうようなその夢に、しばらくまともに泰菜のことを見られなくなった。

高校に入学してからもそのぎこちなさを引き摺っている間に、泰菜はこちらのことなどおかまいなしにさっさと男に告られ、付き合い、それからいくらも経たないうちに「女」になっていた。


『たーちゃん、昨日俺が“ちゃんと”もらったからね』


付き合いはじめて一ヶ月もしないうちに、泰菜の彼氏の津田が意味ありげにそう耳打ちしてきた。控えめに笑ったその顔が勝ち誇っているようにしか見えなかった。


2人が付き合いだすと聞いたときでさえ、そういうことは起こりえないと高を括っていた。泰菜はまだあんなガキっぽい女なんだし、それに誘われたとしても簡単に受け入れるような女じゃないだろうと勝手に思い込んでいた。

自分ですらまだセックスなんてしたこともなかったのに、泰菜が先に経験するなんて想像できるはずもなかった。


それなのに。

すこし前まで『英達にいちゃんのことが好き』だとばかり言っていたくせに、泰菜はあっさりと津田なんかに身を任せた。裏切られたような思いだった。


けどそれよりもなによりも。


多少ぎこちなくなろうとも、泰菜とは他の人間には簡単に踏み込むことが出来ない部分を共有しているのだと思っていたのに。すれ違う廊下で言葉はなくても、交す目配せの中に特別なものがあると思っていたのに。

小さい頃から片親同士でいろんな感情や思い出を共有して、お互いがお互いのいちばん近い場所にいるのだと思っていたのに。それはただの勝手な思い込みだったと思い知らされた。


自分こそ、泰菜にとっては『どこにでもいて、代わりなんていくらでもいる』、そんな薄っぺらな存在でしかなかったのだ。


泰菜とはもう共有出来るものなんてない。自分とは決定的に別々の人間になったのだという事実だけが目の前にある。そのことに打ちのめされた。



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