三十路で初恋、仕切り直します。
「……ん…だからさぁ………」
おでこになにか温かいものが触れていた。すこし乾いた感触はどうやら指のようだ。
それが子供をあやすような手つきで泰菜のおでこをくすぐってくる。まるでいとおしむような触れ方が心地よくてうっすら目を開くと、腫れぼったくて重たい目に見慣れない景色が飛び込んできた。
見たことのないブラックとシルバーで纏められたゴージャスな部屋だった。
壁には大きな液晶テレビが掛かっていて、天井からはシャンデリアみたいなやたらキラキラした照明が釣り下がっている。都会的だけど寛ぐにはすこし派手な部屋だった。
いつの間にか『桃庵』の二階ではなく別の場所にきていたらしい。
「…ここ……どこ…なんだろ……?」
ぼんやりとする目でそのままぼおっと天井を眺めているうちに、そんな疑問などどうでもよくなってくる。
何故かやたらと気だるく、瞼も体もひどく重い。そのくせ体の隅々まで蕩けるような充足感が満ちていて、叶うことならこの幸福な疲労感とともにもう一眠りしたいと目を閉じかける。
そこで再び呆れたような、けれどどこか甘さの滲むやさしい声を掛けられる。
「泰菜。おまえようやく目が覚めたってのに二度寝かよ」
さっきは夢半ばで聞いた声だが、今度ははっきりと聞こえた。間違うはずもない。法資の声だ。うっすら目を開けると、声の主と目が合う。
「……あれ……ここ法資の部屋……?」
泰菜の問いに法資が苦笑する。
「こんなホストのヤリ部屋みたいな悪趣味な部屋がか?そんなわけあるかよ。というよりお前、この状況でまず言うことはそれなのか」
「この状況?」と眠気で重たい瞼をどうにか持ち上げると。
「……えっ……法資っ!?」
隣には何も身に着けず、素肌の胸板を晒す法資が上半身を起こして泰菜の顔を覗き込んでいた。
しかもその法資の傍に横たわる泰菜は何故か全裸で、二人は部屋の中央に据えられた大きなベッドの上、ぬくぬくとした布団の中に二人揃って包まっていた。
光量を絞ったわざとらしいくらいムーディな照明といい、派手な内装といい、もしかして、ここはいわゆるラブホテルという場所なのだろうか。
-------それにしても法資と自分が同じベッドの上にいるなんて。