三十路で初恋、仕切り直します。
「……泰菜、聞いて。私たちね、文化祭の後でなんか気分が盛り上がっちゃってね。ほら一年のとき、泰菜だって津田くんに告られてたじゃない?私と杏奈もノリでね、記念受験みたいな感覚かな?無理だろうけど高校時代の思い出に学校でいちばんのイケメンに振られてみようっていうか、私はそういう気分だったの。杏奈といっしょに告白して、でも結局ふたりともその場で振られちゃったんだ」
弥生とも杏奈とも一年のときは同じクラスでずっと一緒にいたというのに、そんなことにはまるで気付かなかった。
「私はともかく、杏奈は結構可愛いじゃない?なんで駄目なの、誰とも付き合う気がないのって私が訊いたら桃木くんなんて答えたと思う?」
法資はそのとき、女子と付き合う気がないわけじゃないけれど、しばらくは束縛しあうような面倒な交際はするつもりはないと答えたのだという。杏奈が「桃木くんなら遊びでも構わない」と言うと、法資は「他の女子なら構わないけどあんたは無理。泰菜の友達だから」と断ったのだと言う。
「そのときね、ああ泰菜って愛されてるなぁってしみじみ思っちゃった」
弥生は少し羨ましげな目で泰菜を見てくる。
「家族愛なのか、友愛なのか、それともひとりの女の子に対しての愛なのかは分からないけど、泰菜だけじゃなくて泰菜の周りにいる友達まで大切に扱おうとするなんて、愛だと思わない?」
弥生が言うように法資が自分に対して他の女の子に向けるものとは何か違う感情を持っているかもしれないと一瞬思いかけた時期があった。恋愛感情ではないにしろ、なにか特別なものがあると。
後でそれが単なる錯覚だったと思い知ることになったけれど。
「実際あの文化祭の後、桃木くん、なんかびっくりするくらい手当たり次第に女の子と付き合いだして、でも誰とも全然長続きしないで、泣いてすがる子まで容赦なく捨てて、とっかえひっかえだいぶ女の子にひいどいことしてたじゃない?それでも杏奈には手を出さなかったし、その後告ったエリカ様のこともやっぱ『泰菜の友達だから』って理由で振ったのよね」
それが何か特別に意味のあることのように言われて、泰菜は苦い気持ちになる。
「きれいな子とか美人な子なら誰でもいいみたいに振舞ってた桃木くんがやたらに手を出さないで理性働かせてたのって、泰菜の周りだけなのよ?」
「……遊びでわたしの友達に手を出して、後でわたしにうるさく言われるのがイヤだっただけよ」
硬い表情で返す泰菜に、弥生がやれやれと肩を竦める。
「泰菜、頑なになっちゃう理由があるのかもしれないけどさ……あ、桃木くん」
弥生が泰菜の背後に視線を向けて声を上げる。振り返ると、個室スペースのある二階から法資がすこし駆け足で下りてきた。