三十路で初恋、仕切り直します。
8 --- 三十路はそれでも「はい」とは言えないお年頃

「さすがに土曜の夜じゃ混んでんな」


折角の『イルメラ』の走行性も堪能できないというのに、ハンドルを握る法資はどこか楽しげだった。


「……今日はお店の方はいいんですか」
「いいんだよ、今日は兄貴が店に戻ってるし」


嫌味のつもりで言ってやったのに、それに気付かぬ様子で法資が答える。以前常連客である父親から聞いた通り、やはり『桃庵』は大将である法資の父親と兄である英達が切り盛りしているらしい。


「今週の頭に店手伝ってる兄貴の嫁さんが産気づいてな。ほら、覚えてるか?奥森公園傍の武田さんとこの。あのゴリラみたいな女」
「……もしかして晶さんのこと?」


ゴリラとは似ても似つかないが、法資がそう呼ぶ相手は一人しか思いつかない。

同じ町内に住んでいた武田晶だ。泰菜たちより5歳年上で英達と同学年だった。子供の頃から身長がずば抜けて高く、ものをはっきり言う男勝りな性格と、法資のような生意気で悪戯な子供に容赦がなかったことで、近所の悪がきからはひどく恐れられていたひとだ。


「そうその晶姉が兄貴の嫁さんでな」


なんでも晶は臨月になってもよく食べよく動き、とても妊婦だとは思えないくらい元気だったけれど、いざ子供が生まれる段になったら高齢出産だということもあってかひどい難産になったという。投薬しても陣痛が微弱なまま数日が経つうちに体力を消耗し続け、ついには意識を失い一時生死をさ迷うまでになった。

当然夫である英達は妻に付きっきりで病院に詰めるかたちになり、たまたまそんなタイミングで有給消化のために一時帰国した法資が、兄夫婦のいない『桃庵』を急遽手伝うことになったそうだ。



-------だったらつまらない嘘なんかつかないで、はじめからそう言えばいいのに。



思っていた以上に法資に嘘を吐かれたことに傷ついているのだと自覚して、泰菜は膝上に乗せた『蓮花亭』の紙袋の端をぎゅっと握り締めた。





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