三十路で初恋、仕切り直します。
「なんだよその不服そうな顔」
法資は黙り込んだ泰菜の頭をハンドルから離した左手でぐしゃっと混ぜてくる。
「ちょっと、手放し危ないでしょ」
「おまえさ、なんか怒ってるのか?」
「……べつに」
常に一緒にいた子供の頃はただの『近所の友達』というにはあまりにも親しすぎたし、かといって『兄弟』のようだというには疎遠にしていた時間はあまりに長い。『他人』ではないけれど親密とも言い難く、細々とした繋がりだけが残る今の関係はまるで滅多に顔を合わすことが無い『遠い親戚』のような間柄だ。
そういう意味では『身内』という表現はいちばん適当な言葉にも思えるが------。
「じゃあ何考えてんだよ、お喋りが黙りこんで」
「……身内ならわたしの方がお姉さんになるんだなぁって、そんなどうでもいいこと思ってただけ」
「たかだか数ヶ月の違いで偉そうに」
「ねぇところで今どこへ向かってるの?」
車は先ほどから『桃庵』のある二人の地元とは真逆の方向へ進んでいた。法資はいたずらっぽく鼻でふ、と笑うと答えた。
「静岡」
予想しえなかったその返答に、楽しそうにハンドルを握る法資の横顔を食い入るように見てしまう。
「ちょ……まさかこのまま車で?」
「静岡なんてすぐだろ。送って行ってやるよ」
「い、いいよ、いいって。だってそんな。ちょっと送っていくなんて距離じゃないって」
「おまえどうせもう地元(こっち)に用はないんだろ?」
勝手に決め付けるように言われたのは気に食わないが、たしかに今夜は地元近辺にあるビジネスホテルにでも泊まって、明日の日曜に適当に東京を散策した後、夕方新幹線に乗って帰ろうかなと考えてたくらいで、特に用も予定もなかった。
「明日休みなら、今から車でのんびり帰ったっていいだろ。まあ高速次第だけど今夜じゅうには着くだろうし」
「でも」
「俺もまだ来週一杯は休みだし」
「ありがたいけどさ、でも……」
「おまえだって帰りの電車賃儲かっていいだろが。どうせまだチケットも買ってないんだろ」
「そりゃそうですけど」
「だったら決まりだな」
法資は勝手に話をまとめてしまう。
-------なんて強引なんだろう。