三十路で初恋、仕切り直します。

「田子班長ッ!!」


探し人はすぐに見付かった。


「あん?相原、ンだよ」


お昼休みのチャイムが鳴ったばかりで、食堂へ続く道にその姿があった。


「班長、今日本社から営業さんが来るって話聞いてます?」
「おー、大河原のババアから聞いてるぞ、立て続けに吉田部品が納入トラブル起こした件で、営業が吉田の工場ンとこ、直接文句垂れに行くんだとよ。その帰りにウチに寄って現場への面通し兼ねて工場見学させてもらいたいってさ」

「その案内役、うちに押し付けられたんですけど!普通は内務か、さもなきゃ現場に振られる仕事でしょ?」


詰問口調で言いながらずんずん迫っていくと、田子はごまかすような薄ら笑いを浮かべる。


「おおぅ、怖ぇ顔だなぁ、相原よぅ」
「なんで管理課に仕事回ってくるんですか!おかしいじゃないですか!!」



泰菜の形相に、田子は観念したように両手をひらひら挙げた。



「……悪かった。ババアがまた俺に仕事押し付けようとするから、ババアにおまえンとこに仕事振れって言ったんだよ」
「なんでその場で断らなかったんですか。案内役くらい庶務課でやれっていつもの田子さんらしく言ってやってくださいよ」
「んー、まぁそうなんだがよ」

「まさかまた借りがあるから大河原さんの頼みは断れないってパターンですか?また大河原さんに飲み代経費で落として貰ったんですか?私的な娯楽費を経費で落とすなんて、業務上横領の犯罪ですよ!!」
「しぃッ、物騒なこと口走るんじゃねぇよっ」


田子は慌てて泰菜の口を塞いでくる。


「……茂木物流のセンター長と、ちょいっと一杯引っ掛けたときのだから、れっきとした会社の接待だろが」
「たしか茂木ロジスティクスの村井センター長と班長は釣り仲間でしたよね?プライベートで会ってるときの飲み代だったら横領ですよ。まあわたしはそんなのどうだっていいですけど、大河原さんに借りがあるなら自分が案内役引き受けてくださいよ」

「あー、それもいいんだけどよ。なんだ、ほら。えっとおまえンとこの新人のクソ女、無茶な仕事振って困らせてやるのもいいかなぁって」



悪びれたところのない田子の言葉にますます頭が痛くなってくる。



「班長、わたしのさっきの話聞いて、何も思わなかったんですか?千恵ちゃん気に入らなくても業務とはいい加減切り離して考えてください」

「だからあの女が頭下げて俺に『私じゃ工場案内無理だから田子班長お願いします』って言ってきたら引き受けてやるつもりだったんだよ。おまえは全然あの女に甘いから、俺がお前の代わりに俺なりにあの女に仕返しして溜飲を下げてやろうかなと」

「馬鹿ですか、新人の千恵ちゃん一人に案内役なんて出来るわけがない以上、結局わたしにお鉢が回ってくることになるくらい想像つくでしょう、最近ひとに出荷現場まで手伝わせるくせにこれ以上わたしの業務増やす気ですか?もしかしてわたしのこと嫌いで嫌がらせしてますか?」



まぁまぁ、と田子は宥めるように手を振る。



「嫌がらせなんて、なんつーこと言うんだよ、おまえは。そういや案内役お前がやるならやるでイイこともあるぞ」
「なんですか?まさかそのやってくる営業さんが若くて独身のイケメンだとでも言うんですか?」


皮肉でいうと、「そうそう、そうなんだよ!」と田子はわざとらしいくらいのテンションで返してくる。


「そうなんだよ、本社の事務員のねぇちゃんに聞いたことあるけど、なかなかいい男なんだとよ。しかもそいつが新人の若い男も連れてくるんだと。やったな、おまえ両手に花、じゃなくて両手にいけめん、じゃねぇか」
「そんなことで喜べるほどわたしおめでたくないんですけど」

「まぁまぁ、おまえにいい男紹介してやろうっていう俺の親心ってことで」
「適当な言葉で仕事押し付けないでください」
「おおお。こえぇ顔してると幸せもオトコも逃げてくぞ。……お、噂をすれば。本社のいけめんじゃねぇか、あれ」


班長が指差した方へ振り向くと、守衛さんに先導されるスーツ姿の二人連れが見えた。遠目で見てもきちんとスーツを着た二人が、両者ともとても背が高く見栄えのする男だというのが分かる。班長が「いけめん」というのもあながち嘘ではないようだ。


「ほらほらほら。行くぞ、相原。お出迎えだ!」
「ちょ、班長」


腕を掴まれて強引に連れて行かれる。案内役を押し付けられることはどうにも免れそうにもない。

今日も残業になりそうだわとろくに前も見ないで溜息をつきながら歩いていると、正面から歩いてくるスーツ男の片一方が、小走りに駆け寄ってくる気配がする。


「……たーちゃん!?」


少し離れたところからそう呼び掛けられて、思わず顔を上げる。顔をあげる前に、すでに予感はあった。自分を「たーちゃん」というあだ名で呼ぶ人は、今まで一人しかいなかったから。それでもその顔を見て驚かずにはいられない。


泰菜に向けられる、いかにも人の好さそうな温和でやさしげな笑み。


「うそ……津田くん……!?」


高校生の頃より大人びた、けれど少し下がった目尻がいつも笑っているように見えるところは昔とすこしも変わらない。泰菜と目が合うと、ますますやさしげに目を細めた。


「やっぱり。久しぶりだね、たーちゃん」


泰菜の初彼だった津田が目の前にいた。





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