三十路で初恋、仕切り直します。

『相原さんのこと、たーちゃんって呼んでもいい?』


例年たくさんのカップルが誕生する高校の後夜祭。津田からの告白をOKしたその場で、津田にそう乞われた。


『たーちゃん?』
『うん。泰菜(タイナ)ちゃんだから、たーちゃん』


明るく人気者だった津田からの突然の告白にも、あだ名呼びの提案にも驚いてばかりでなにも答えられずにいると、そんな泰菜を見た津田は恥じ入ったように『……ごめん。俺いきなり馴れ馴れしいよね』と謝ってきた。

しゅん、としょげた姿がなんだかいたずらを叱られた子犬のようで、すこし緊張していた泰菜も思わずくすりと笑って『いいよ』と答えていた。


『いいよ、津田くん。わたしのことはたーちゃんで』








そのときの津田のすこし驚いたような照れたような表情は今でも覚えている。その津田が、10数年を隔てた今、目の前であのときと同じ顔で笑っている。


「津田くん変わらないね、久し振り」
「うわぁ、変わってない?ひどいな、成長してないの、俺」



津田がわざとらしく肩を落として苦笑する。


高校生のときより輪郭がシャープになっていたし、低い声もより深みが増したように聞こえる。スーツをきちんと着こなした姿は幼さが抜けきった大人のそれだった。

法資もそうだったけれど、社会人としての貫禄が津田からも感じられる。会わなかった長い合間に、津田も大人の男として変化を遂げている。


それでも津田の本質的な部分は何も変わっていないことがやわらかな物腰で分かる。


高校生のとき泰菜がいとおしく思っていた、誰とでもすぐに仲良くなれる、やさしくて明るいところは何も変わっていないと。



「それにしても大人になってから再会するのって、なんだかちょっと照れ臭いものがあるね」
「分かる。……なんか驚きすぎると言葉が出てこなくなるし」


お互いに苦笑し合っていると、田子が泰菜と津田とを見比べて太い眉を寄せた。


「おい相原。おめぇこの営業のにいちゃんと知り合いか?」
「あ、えっとこちらは」
「……ご挨拶が送れてすみません、東京支店の津田です。今日は新人の山田も連れてきました」


津田が挨拶をすると、隣にいた若い男も会釈する。

いかにも好青年然とした津田もそうだが、新人の山田も上背があって見栄えがする。何を思ってか田子は二人を品評するような目で無遠慮に眺めた後、満足そうににやにや笑い出した。


「どうもどうもどうも!ご苦労さんな。津田さんは知ってるようだけど、これがうちの若手の有望株、生産管理課の相原な。で、俺ぁGとTラインをみてる班長の田子だ」
「いつも無理な数字を飲んでもらってご迷惑おかけしています」

「分かってるならよ、もっと事前の内示数正確に取っておけよって話だろ」
「それを言われると耳が痛いです」

「で?相原とはどういった知り合いで?」


いつもの田子らしくもなく妙に愛想良く津田に話し掛ける。


「こいつろくに化粧もしてねぇような地味な女だけど、仕事勘は悪くなくてなぁ。使えねぇ木偶だらけの中じゃ、ちょっとした掘り出しモンなんだよ」
「ちょっと班長。貶すのか褒めるのかはっきりしてくださいよ」


だいたい事前に来客があることが分かっていれば、化粧だってもううすこしきちんとしておいた。ファンデーションと眉を描いたくらいの薄すぎるメイクが恨めしい。


「この相原はさ、今時の若いのにしちゃ珍しく真面目なタチでなあ。まあ顔も美人じゃないにしろ、よく見りゃ愛嬌があると思わねぇか?どうだい津田さん、相原は。そっちの山田くんとやらもどう思う?」
「班長、いい加減にしてくださいよ」


田子の露骨な売り込みに、新人の山田がなんとも答え兼ねて困ってる様子が見ていてとてもいたたまれない。人の了解もなしに勝手なことするなと泰菜が鉄板仕込みの安全靴で田子の足をこっそり蹴ると、「いてぇ」と悶えた田子を見て津田が肩を揺らす。


「あにすんだよ、相原ァっ。あんたも笑うこたねぇだろ、津田さんよ」
「すみません。……田子班長、自分と相原さんは高校時代の同級生なんです」
「おう……ってえ、相原と、学校が?地元一緒なのか、そりゃすごい偶然だな」


津田は「はい」と頷くと、ちらりと泰菜を見ていたずらっぽい目配せをする。総じて人の好い津田だけど、こういう顔をするときの津田は要注意なのだと思い出し、泰菜が警戒しかけたところで。


「おまけに彼女、学生のとき僕の好きな娘だったので。こんなところで会えるなんて本当に驚きました」


さわやかな笑顔でそんなことを言い出した。





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