三十路で初恋、仕切り直します。
「昔、かぁ。まあ確かに昔って言えば昔の話だけど。でもいまだに俺、たーちゃんのことを桃木に自慢されることがあるんだよね」
勿体ぶったように言ったあと、津田は泰菜の顔を見てにっこり笑う。
「実は俺、入社してから桃木とちょっと仲良いんだ」
「……津田くんと、法資が?」
高校のときの二人だったら考えられないことだった。テストにしろ球技大会のときにしろ、二人が何かにつけて張り合っていたのは周知のことだったから。
「意外でしょ?まあ仲いいって言うか、俺が一方的に懐いてるだけというか。入社後の研修で同じ班になったのがきっかけでね」
津田は高校生のときはどうにか打ち負かせてやりたいと法資に対抗心を燃やしていたけれど、同じ班の班長として采配を振るう法資を間近で見ているうちに素直に「すごい奴だな」と関心して、そのうち親しみを抱くようになったという。
「あいつさ、職場では人当たりよくて卒がなくてさ、同じ研修受けた同期のやつらは男も女もみーんな桃木に一目置いてたよ。まーだから俺と連絡先交換するときは笑えたね。他の班員のやつらとも交換するから俺とだけ交換しないわけにはいかないじゃん?だから本当はすごい嫌だけど仕方ないからおまえとも交換してやるって、それも渋々って感じ隠しもしないでさ。俺も俺で桃木に嫌な顔されるのがだんだん快感になってきて、たまに無理やり一緒に飲みに行ったり、恋愛相談なんかもしちゃったりしてね」
そうこうしている間に、いまだに付き合いが続くようになったのだと津田は言う。
「……津田くんが法資に恋愛相談っ?」
「やっぱ驚くよね。でもいいアドバイザーだったよ。桃木の奴、高校のときはいい加減な付き合いばっかしてたクセに、あれで意外と鋭いこと言うんだよね」
そういって津田は自分の空の薬指を眺める。
「俺が奥さんと一緒になったのも、アドバイスしてくれた桃木の所為というか桃木のお陰というか……」
「法資が津田くんの恋を後押しなんて、正直想像出来ない」
「はは、でもちゃんと話聞いてくれて恋愛指南というかプロポーズ指南をしてくれたんだよ。ちなみに今俺が指輪外してるのはおかしな下心じゃなくて奥さんの趣味でしてることだから。あ、班長たちが戻ってきたよ」
津田が目を向けた先を追えば、工場の奥の通路に上機嫌な班長となんだかとても物言いたげな山田が顔を出した。
「あはは、山田の奴、班長に俺が既婚者だって言えずじまいなんだろな。あの申し訳なさそうな顔うける」
「先輩思いの後輩になんてこと言うのよ。班長には既婚って隠しておかないと、次は班長、歳の差も考えないで山田くんをわたしに宛がってこようとするからね」
「了解。でもたーちゃん、そんな無理に押し売りしようとしなくたって、今でも十分かわいいよ」
「はいはい」
既婚者からの見え透いたお世辞など、無用の長物に他ならない。泰菜のつれない返事に津田は一瞬物言いたげな顔をした後、気を取り直したように「さぁて。今日は田子班長に飲みに連れて行ってもらうかな」と言い出す。
「津田くんたち、今日はこっちなの?」
「うん、吉田部品、明日の朝一で挽回納入分確認して、不良品対策出してもらってからの帰社だから。ついでにこれから物流センターの方にも顔を出して、棚卸しのとき数が狂ってた滞留在庫品の確認もしてくる予定でね。だから今日はこっちで一泊」
「そうなんだ。お疲れ様。飲みに行くのもいいけど、班長酒癖悪いから気を付けてね」
泰菜の言葉に、津田は素で驚いたような顔をする。
「何他人事みたいに言ってるんだよ。たーちゃんも来るんでしょ?君の仕事っぷりを褒めてる桃木のこととか、いろいろ積もる話があるんだからさ?」
津田は思惑のありそうなことを口にしつつも、人が好さそうにしか見えない顔で笑った。