三十路で初恋、仕切り直します。
13 ---- それを恋だと呼ぶならば
「法資、寒いでしょう」
砂利道を行くタクシーの音が完全に聞こえなくなると、隣にいる法資に声を掛けた。晩秋の夜だというのに、法資が着ているのは薄手のシャツのみ。鞄も持たず、何の準備もなしに着の身着のまま飛び出してきたような格好だった。
「風邪引くからとりあえず入って。いま暖房入れるから」
鍵を開けた後で、足元に置いてあった白い紙袋を手に取る。
「……お花とお線香、ありがとう。スイートピーも梅の香りもおじいちゃん大好きだったから、きっとすごく喜ぶよ」
背中を向けているためか、落ち着いてお礼を伝えることが出来た。顔を見たままだったら法資の厚意に感じ入ってまた泣いてしまいそうだった。
「今日ね、実はお祖父ちゃんの月命日なの」
言いながら土間に足を踏み入れる。法資は泰菜の後には続かずその場に立ち尽くす。まるで二人の間にある敷居が、二人を隔てる境界線のようだ。
「どうしたの?」
中に入るように促しても、法資は渋い顔を崩さない。その表情のまま呆れたように言う。
「おまえな、こんな時間に自宅に男をあげるのか」
「……津田くんのことだったら、別に変な意図はないのよ?だいたい法資だって聞いてたでしょ、奥さんのことが第一の津田くんが妙な気起こすわけないじゃない」
あくまで津田に信頼を置く泰菜に、法資は馬鹿にするように嘆息した。
「付き合って一週間もしないうちにおまえに手を出したあのスケベ男、どうやったらそこまで信用出来ンだ?」
「すけべって……ちょっと待って。付き合って一週間もしないうちって……?」
「すっ呆けてんじゃねぇよ」
法資の声がますます刺々しくなる。
「おまえ高校ンとき、付き合って即行津田とヤッたんだろ」
いきなりなんてことを言い出すのだろう。
身に覚えのないことだし、だいたい身に覚えのあることだとしても、法資に冷ややかな顔で蔑まれるようないわれはない。
思わずいらぬ一言が口をついた。
「節操なしの法資じゃあるまいし、あんな紳士な津田くんがそんなことするわけないでしょ」
「節操なしで悪かったな」
喧嘩腰になってしまった泰菜に、法資の方もむっとした顔で言い返してくる。