三十路で初恋、仕切り直します。
「その紳士な津田とやらがわざわざ俺に報告してくれたんだよ、気色わるい笑顔でな」
「何かの間違いよ。だいたいそんな……高校生で、しかもまだ16歳だったのよ?そんなことするわけないでしょ」
「ガキのお前はともかくな、高校生のオスガキなんてやりたい盛りの動物だろが」
「だから津田くんはそんな野獣みたいな人じゃありません!わたしと津田くんは清いお付き合いだったのよ。キスだって一度しかしてないんだから」
苛立ちの気色に染まっていた法資が、ぽかん、と気の抜けたような顔で泰菜を見てくる。
「津田くんの何が気に入らないのか知らないけど、変な言いがかりはよしてよ」
「おまえ……何嘘こいて……」
「こんなことで嘘ついて何かわたしの特になることでもあるの?!恥を忍んで言わせていただきますけど、わたし最近別れた彼と付き合うまでは処女でした。……自分を安売りしたかったわけじゃないけど、わたしだって30過ぎまで清い操でなんていたくなかったわよ。どう、笑える話でしょ?」
てっきり盛大に馬鹿にされ笑われるのだとばかり思っていたのに、額に手を当てた法資は激しい頭痛にでも見舞われたかのように顰め面になる。
「……クソ津田……あの腐れ大嘘吐きが……」
口から漏れ出てきたのは怨嗟の言葉だ。なぜか本気で腹の底から憤怒を抱えるような法資に驚き、「だいたいそんな昔のこともういい加減どうだっていいでしょ」と話を逸らそうとする。
「もう玄関先でやめよう、こんな話。法資、風邪引くわ。わたしのフリースじゃ小さいよね。おじいちゃんのチョッキでも着る?」
そういって上り框にあがると、苛立ったような足取りで境界線を乗り越えてきた法資が、泰菜の手からピンク色の花束を強引に奪い取る。
「とりあえずじいちゃんに花、供えるぞ」
「……うん、わたしはおじいちゃんのお酒取ってくる」
そういって台所へ向かう泰菜の耳に聞き取れないくらいのちいさな声で法資がこぼす。
「知らないからな。……追い返さないお前が悪い」