Do You Remember?
隣りに座っていたオジサンも、震えるその手でペンを持ち、家族へ宛てた遺書だと思えるものを書き始めた。泣き始める恋人たち。不安そうに手を取り合う夫婦。この状況を理解できない子供たち。平然を装うスチュワーデス。そして私と同じように、一人で乗り込んだためにどうしたらいいのか分からない人たち。みんなが息を呑んだ。しかし、5分たっても10分たっても、一向に墜落した感じはしない。確かにみんな生きているし、その上、地上にいるような気さえするのだ。1時間経っても、2時間経っても、この状況は続いた。スチュワーデスたちは、何分かおきに、乗客をなだめるようなアナウンスを行う。数時間か経つと、観客たちの恐怖は一層増すと共に、もう生きることのないであろう明日や、忘れられない過去のことを誰もが思った。それから更に何時間か過ぎた頃、真っ白な霧がすっとひき、黒い闇が広がった。なんだかひどく薄気味悪い。まるで自分たちの死を告げるような漆黒の闇の中。その闇の中で、一点の微妙な輝きを放つ光が、こちらへと向かってきた。それはこちらに近付くと同時に、大きな大きな輝きへと変わってゆく。まるで太陽の間近にきたかのように、猛烈に眩しく、更に暑くなっていく。私たちは、乗客も含め、乗組員たちさへ、もう何が起こっているのか全く分からない。
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