幸せになるために
「キャンプとかで何回か挑戦したから、カレーの作り方は何となく覚えてるし、そこに入れるルーを変えるだけだもんね。よっぽどの事がなければ失敗はしないと思うんだ」


一応本番までに1、2回は練習しておくつもりだけど。

それくらいなら『食べ飽きてしまってもううんざり』っていう事態にはならないだろうしね。


「そんな訳で、ケーキは吾妻さん、料理はオレが手配、調理するって事で良いかな?」

「了解です」


穏やかに微笑みながら頷くと、吾妻さんはスックと立ち上がった。


「それじゃあ当日までに、やるべき事をやっておかないといけませんね」

「え?」

「実は今5件ほど、仕事の依頼を受けてまして…」

「う、うそ!」


思わず大声を発してしまったあと、慌てて両手で口をふさぎ、聖くんに視線を向けた。

外野に惑わされる事なく、相変わらず規則正しく寝息を立てているその姿にホッとしつつ、声のトーンに気を付けて吾妻さんに問い掛ける。


「大変じゃん!ここでオレと喋ってて、締め切り間に合うの?」

「ああ、大丈夫ですよ。仕事の掛け持ちなんて当たり前の事ですから。ペース配分は心得ておりますので。ケーキの件も心配無用ですからね。どうせ出版社に顔出さなくちゃいけないんだし」


吾妻さんは自分の言葉を裏付けるような、余裕綽々な感じで解説を続けた。


「もともと年末までに終わらせれば良い仕事ばかりですから。ただ、当初の予定よりももうちょっと気合い入れて頑張って、早めに終わらせておこうかなと」

「そ、そっか」

「すべて片付けてから、ゆったりとした気分で聖くんの誕生日をお祝いしたいですからね」

「うん」

「ただ、すみません。そういう訳ですので、二人で打ち合わせする時間はそんなに取れないかもしれません」

「あ、大丈夫だよ。これ以上話し合う事は、もうそんなに無いし」


そこでオレはふと思い付いた。


「そうだ。メルアド交換しとこうか。それなら気軽に連絡取り合えるもんね。えっと、吾妻さんケータイは…」

「部屋に置いて来てしまいました」

「だよね。ちょっと待ってて」


言いながら立ち上がり、オレはリビングの戸口に放置していたリュックに近付くと、中からシステム手帳を取り出した。
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