幸せになるために
「あ、ヤバ。私ちゃんと保留中にしといたかな」


突然焦ったようにそう言葉を発すると、渡辺さんは壁に沿って何台か置いてある、選定済みの本が乗せられているワゴンの一つに近付き、そこから一冊抜き取って、端末前まで持って来た。

そして画面のメニューを変えるとスキャナーでピッと読み取る。


「あ、ちゃんとなってる。良かった」


団体貸出の予約は来館予定日の2週間前までに、とお願いしてある。

そしてスタッフが依頼に合わせて本を選定し、ワゴンに乗せておく訳だけど、その時点ではまだ相手方に現物が渡っている訳ではないので、その本を貸出状態にする事はできないのだ。

かといって、棚から抜き出したにも関わらず、何もせずにワゴンに乗せておく訳にもいかない。

もしかしたら偶然、その中の本を読みたい人が出て来て、「データ上に示されている場所に探しに行ったのに現物がない!」と大騒ぎになる恐れがあるからだ。

なので、「この本は現在処理を保留中で、館内にはあるけど貸し出しはできませんよ」という情報をインプットしておかなければならない。

その処理を忘れずにきちんとしてあるかどうか、渡辺さんは急いで確認したという訳だ。

保留の処理は本を抜き出して来たらすぐに、必要冊数が揃った段階で念のためもう一度、行う事になっているので、一冊がその状態になっているのならばすべてを調べる必要はない。


「クリスマス絵本か…」


抜き出した本をワゴンに戻している渡辺さんを視界の端に納めつつ、オレは何の気なしに呟いてしまった。


「オレも借りてあげようかな」

「え?誰にですか?」


思いの外大きな独り言だったらしく、それを聞きつけた渡辺さんに間髪入れず突っ込まれ、オレは内心ギョッとしながら返答する。


「え、えっと、じ、地元の友達のお子さんがさ、確か今3才くらいだから、読み聞かせに丁度良いんじゃないかと思って」


我ながらしどろもどろである。


「せっかく図書館に勤めてるんだし」

「え~?でも、比企さんの実家は埼玉でしょ?」


渡辺さんは怪訝な表情で至極もっともな意見を述べた。


「比企さんがここで借りて持って行くんじゃなくて、オススメの本の題名だけ教えてあげて、ご家族が地元の図書館で借りるなり、本屋で買うなりした方がてっとり早くないですか?」
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