幸せになるために
「そ、それもそうだね……」

「まさかとは思いますけど、又貸しなんかしたらダメですからね!」

「わ、分かってるよー」


オレに向かって『メッ!』という感じで言い募る彼女に、慌てて言葉を返した。

敵わないなー、渡辺さんには……。

こんな風に彼女には、正論でやり込められてしまう事が多々あったりする。

だけど……。

はっきりきっぱり意見されても、何故かこれっぽっちも、不快な気持ちは湧いて来ないんだよね。

むしろ『へへ、怒られちゃった』的な感情の方が強いというか。

お母さんに構って欲しくてわざとイタズラして、望む通りの展開になって喜ぶチビッコ、みたいなね。

そんなんがバレたら「私比企さんより年下なんですけど!?」なんてさらに怒りを買いそうだから、もちろん悟られないようにはしてるけどさ。

でも渡辺さんはきっと、優しくて強くてあったかくて、とても良いお母さんになりそうな気がする。


「次の団体さんが来るまで、これ配架してましょうか」


窓口で返却処理された本がまとめて置かれているワゴンに近付きつつ、言葉を発する渡辺さんを眺めながら、オレはそんな事をぼんやりと考えていたのだった。


*****


「ただいま…」


コソッと呟きながらリビングダイニングのドアを開け、ソファーへと近付く。

そこには相変わらず、スヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てている聖くんの姿が。


「良く眠るなー」


ふ、と笑みを溢しつつ、テーブルの上に一応置いておいた『おしごといってくるね。たすくおにいちゃんより』というメモを回収して、手の中で丸め、近くにあるゴミ箱に投げ入れる。

土曜の夜からだから、あともう少しで丸2日間、夢の中にいるという事になる。

やっぱ今まで、基本、寝るのが中心の生活だったんだろうな…。

そう考えながら寝室まで移動し、背負っていたリュックを洋服ダンスの前に置いたあと、タンスの取っ手にかけておいたハンガーを手に取る。

それにジャケットをかけ、再び取っ手に戻してから、もう一方の取っ手にかけておいたハンガーに吊るされているパーカーを外して羽織ったあと、さて、と両手を腰にあてて思案した。

夕飯、どうしようかな…。

メインはシチューってのはもう決まってるんだけど。
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