幸せになるために
「良かったー!」


吾妻さんの言葉もさることながら、表情もとても満足気で、オレは心底安堵しながら自分もスプーンを手に取った。


「すごいじゃないですか比企さん。これ、初めて作ったんでしょ?」

「ん?うん」


シチューを口に入れている所だったので、短く返答しつつコクコクと頷く。


「それでこんなに美味しく作れるなんて、料理センスがあるんですね」

「いやいやそんな、パッケージの裏に書いてある通りに作っただけだよ?」


何だかあまりの過大評価にむず痒くなって来て、慌てて解説した。


「味付けはルーにお任せだし、ただ野菜や肉をぶっこむだけだもん。誰でも同じ仕上がりになると思うけど…」


そこでオレはハタと気が付いた。


「ていうか、吾妻さんだって今までシチューくらい作った事あるでしょ?自炊に関してはオレより先輩なんだし。そん時はどうだったの?」

「いや…。こんなに美味しくできた記憶はないんだよなぁ…」

「あ。一人で食べるか、誰かと食べるかの違いじゃない?」


首を傾げつつシチューを口に運ぶ吾妻さんに、オレは自分の推理を披露した。


「今はまぁ慣れたけど、引っ越して来た当初は、何だか食事が味気なかったもん」


吾妻さんとこうしてこの場で食卓を囲んでみて、その時の気持ちを思い出した。


「吾妻さんもそうじゃなかった?ホームシックとまではいかなくても、何だかこう静かすぎる食事風景に違和感を覚えるというか…」「いえ」


オレの言葉を遮るように、吾妻さんはきっぱりと言い切った。


「やっと家を出る事ができて、俺は清清してましたから。そういう感情は、全く湧いて来ませんでしたね」

「え……」


オレの戸惑った声に、吾妻さんはハッとした表情になると、若干慌てたように言葉を続けた。


「だけど比企さんとの食事はとても楽しいですから、雰囲気も料理のスパイスの一つになっている、という点に関しては俺も同意です」

「う、うん……」

「ホント美味しいですよ、これ。あ、こっちもいただこうかな」


吾妻さんは陽気に声を発しながら、レンジで温められ、ふわふわホカホカになっているバターロールを手に取った。

普段の彼の立ち居振舞いからはちょっと想像がつかない、妙なテンションの高さ。
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