幸せになるために
しかし、それに対しての突っ込みは、何だかしてはいけないような気がして、笑顔でパンを頬張る吾妻さんに倣い、とりあえずオレも食事を続ける事にした。

その後は主にどこで買い物をしているかや、休日の過ごし方など、当たり障りのない会話を交わし、お互いにシチューのお代わりをして、穏やかな雰囲気のまま晩餐は終わった。


「ご馳走さまでした」

「いえいえ。お粗末さまでした」


立ち上がり、食器を重ねつつ返答する。


「ホントはここにサラダでもつけられれば良かったんだけど、ちょうどレタスを使いきっちゃってて…」

「いや、シチューに野菜がいっぱい入ってたし、栄養バランスとしてはあれで充分でしょう」


吾妻さんは背もたれに寄りかかり、満足そうにお腹を撫でながら続けた。


「これでまた、仕事頑張れるぞ」

「うん。頑張ってね。でも、くれぐれも無理はしないように」

「あ。それ、俺が洗いましょうか?」


重ねた食器を持ち上げようとした所で吾妻さんが身を乗り出し、提案して来た。


「美味しい夕飯をご馳走になったお礼に」

「え!?い、良いよそんなっ」

「でも、上げ膳据え膳ってのも何だか申し訳ないし…」

「ダメダメ!お客様にそんなことさせるなんて。かえってこっちが落ち着かないよ~」


頭と両手をブンブンと振りながら、必死に吾妻さんの申し出を辞退する。


「ていうか、オレが吾妻さんの部屋にお邪魔した時、後片付けの『あ』の字も言わなかったじゃん」


しかもコーヒー溢しちゃったのにただぼーっと見てただけだったし。


「だから吾妻さんも気を使わないでよ。こういうのはお互い様って事にしとこう?じゃないとオレ、何だかいたたまれなくなっちゃう」

「……そうですか?」


オレの気持ちが通じたらしく、吾妻さんはそれ以上我を通そうとはしなかった。

改めて椅子に深く腰掛け直したその姿にホッとしつつ「あ、今コーヒー入れるね」と声を発する。

食器を手にキッチンまで歩を進め、それを流しに置いたあと、やかんに水を入れて火にかけた。

とりあえず食器と鍋、お玉は後で洗うべく、つけおき処理だけして、お茶の準備に取りかかる。

あれやこれや動き回っている間にお湯が沸いたので、火を止め、コーヒーの粉を投入済みのカップに注ぎ入れた。


「お待たせ」

「ああ、すみません」
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