幸せになるために
ダイニングテーブルへと戻ったオレに、吾妻さんはペコリと頭を下げつつ言葉を発する。

「これいただいたら帰りますね。仕事の続きやらないと」

「そっか」


引き止めるような事は言わずに、素直に頷いた。


「そう言えば……」


お互いがカップを傾けコーヒーをすすり、ふー、と一息吐いたあと、吾妻さんが何かを思い出したようにおもむろに口を開く。


「すっげー今さらなんですけど、俺、比企さんに確認を取る前に聖くんに『イブにお誕生日会やろう』なんて言っちゃったんですよね」

「あ~」

「大丈夫でした?何か予定があったりなんかは……」

「ううん。ないない。それに、あの場合はああ言う以外の選択肢はないでしょ。ようやく見えた希望の光だもん」


オレは皿の上のチョコを手に取り、包装をはがしつつ答えた。


「吾妻さんが言わなかったらきっとオレが同じこと言ってたよ。てか、そっちこそ大丈夫なの?」

「ん?」

「イブの日の予定。何もなかったの?デートとか、か…友達とパーティーをするとか」


『家族』と言おうとして、何故かとっさに違う言葉をチョイスしてしまった。


「いやいや。俺の方こそ何もないですよ」


新たにコーヒーを口に含んでいた吾妻さんは、それを飲み下してから明るい声音で返答する。


「本来ならその頃はまだ仕事してる予定でしたからね。そっちに集中できるよう、仕事関係者との忘年会は早めに終わらせてしまいましたし」

「あ。もしかして、金曜日にあった飲み会もその一つ?」


身ぐるみはがして口に入れたチョコを、飴のように舌で転がしつつ問い掛ける。


「ええ。でも、比企さんのおっしゃる通り、せっかく迎えたチャンスですから。それを逃してはいけない、仕事はどうにか頑張って調整すれば良い、ととっさに考えまして、ああいうセリフが口を突いて出た訳ですが」

「そっか。オレもホント、イブの予定は何もなかったから。その日も次の日も普通に仕事だしね」


たとえ何か約束があったとしても、その相手には誠心誠意平謝りして断って、聖くんとのお誕生日会を優先していたと思うけど。

だってその日を逃したら、聖くんが天国へと旅立つのが、また一年遅れてしまう。

いくら嫌な感じはしないとはいえ、やっぱりあまり長い間、この世に留まらせておくのは良くないと思うから。
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