幸せになるために
「ただ、ケーキくらいは食べようかな~とは考えてたんだ。だから家で、美味しいと評判のケーキを食べつつパーティーが出来るなんて、オレにとってはむしろラッキー!って感じ」

「それを聞いて安心しました」


吾妻さんは穏やかに微笑みながらそう言うと、再度コーヒーを口にした。


「じゃあ…俺、そろそろ帰りますね」


チョコを一つ食べ、カップを空にした吾妻さんはそう宣言しつつ立ち上がる。


「うん」

「あ、その前に。ちょっとすみません」


続いて腰を上げたオレにそう断りを入れると、吾妻さんはリビングのソファーにそっと近付き、聖くんの顔を覗き込んだ。


「また後で来るからね…」


優しくそう囁いたあと、こちらに戻って来て「では」と言いつつリビングの出入口に向かって歩いて行く。

そんな吾妻さんの後を追う形で、オレもリビングから廊下に出て、玄関まで歩を進めた。


「今日はホント、お招きありがとうございました」

「ううん。こちらこそ」


靴を履き、たたきに姿勢を正して立ち、改めて礼を述べる吾妻さんに、オレも感謝の気持ちを伝える。


「食材を無駄にせずにきちんと完食できて、すごくホッとした。付き合ってくれてありがとうね」

「……比企さんてホント…」

「え?」

「言葉の端々に、他者への思いやりがこれでもかとばかりに溢れてるんですよね。つくづく、育ちが良い方なんだな、と思います」

「へ!?」

「優しくて温かいご両親に、とても大切に、だけど必要な場面ではきっちり厳しく、愛情をたっぷり注がれて、育てられて来たんでしょうね…」


そういう吾妻さんの表情は、何だかとても切なそうだった。

「誉めても何も出ないよー!?」なんて、いにしえより伝わる、ベタな返しでもすれば良かったのに、情けなくもオレは声帯が固まってしまって、何も言葉が紡げなくなってしまった。


「それでは、お休みなさい」


そう言いながら、吾妻さんがドアを開け、外へと足を踏み出した所でようやく「う、うん、お休み~」と返事をする事ができた。


ああ……。


静かに閉められたドアを見つめつつ、自己嫌悪。


オレってホント、ここぞという時に、何も気の利いた事が言えないし、何もできやしないんだよね。
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