幸せになるために
でも、なるべく早くアパートに帰り着きたいし、そして聖くんの前で【母親】と会話するというのは、何だか気が退けてしまって…。

帰宅時間を利用して電話してしまった方が良いと判断したのだ。

視線がずっと画面に向いてる訳じゃないから、周囲の状況は充分確認できると思っていたけど、いざ話し始めると、やっぱり会話の方に集中してしまう。

周りを見て『あれ。いつの間にかもうここまで来てたんだ』と思ったもん。

これからは『ながら携帯』は控える事にしよう。

女性が深夜、防犯の為に歩きながら通話するというのも、場合によってはむしろさらに危険な状況に陥る事もあるかもしれないし、迂闊には賛同できないな。

そんな事を考えながら歩を進めているうちに、ほどなくしてアパートにたどり着いた。

玄関に入り、ドアの鍵を施錠しチェーンをかけ、廊下を進む。

リビングに入り、電気を点けてまずはソファーを確認したけれど、そこに聖くんの姿はなかった。

次いで寝室の戸を静かに開け、リビングの明かりを頼りに布団に視線を向けてみると…。


「あ」


案の定、聖くんはそこにいた。

忍び足で近付き、改めて顔を覗き込むと、とても満足気な、気持ち良さそうな表情で、すやすやと寝息を立てている。

出がけに約束した通り、右端に寄って、きちんとオレが寝る為のスペースを空けてある事に気付いた瞬間、思わず「アハッ」と大きな笑い声を上げてしまった。

慌てて口をふさぎ、そっと屈み込むと、布団の上に乗せておいたルームウェアを手に取る。

リビングで着替えようっと……。

心の中でそう呟きながら、オレは再び忍び足で室内を移動し、戸口までたどり着くと、ゆっくりと戸を閉めたのだった。
< 131 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop