幸せになるために
「…誤解の無いように言っておきますけど、父と兄とは一応交流してますよ。定期的に電話やメールで近況報告し合ってますし。お世辞にも仲良しこよしとはいかないですけどね。まぁ、男同士なんて、そんなものだと思うし」
吾妻さんの話に耳を傾けつつ、オレはとりあえず残りの焼き菓子をすべて口に入れ、マッハで咀嚼し、飲み下した。
「デビューするきっかけとなったイラストコンテストは、未成年者の場合は応募用紙に保護者のサインが必要だったんです。なので父にこっそりと頼んで、その際に『落選したら恥ずかしいから、絶対に、誰にも言わないでくれ』とお願いしたら、きちんと約束を守ってくれました」
「…そっか。優しいお父さんなんだね」
ただちょっと、色々な事に目が行き届かないだけで…。
「ええ。だから父の事は、別に嫌いではありません。兄も、普段はそっけないですけど、受験勉強の追い込みの時に参考書を買って来てくれたり、デビューした時にお祝いをくれたりして」
そこで吾妻さんはメガネを右手でクイッと押し上げた。
「ただ、二人は良くても、あの人には近付きたくありませんからね。だから実家には帰りません」
そう言う吾妻さんの声音はとりあえず落ち着いていた。
手のひらで隠れているので、その表情までは分からないけど。
「お母さんは相変わらず、その…、会うと意地悪な事を言ったりやったりしてくるの?」
「いえ。さすがにもうそういうのはなくなりました。と言っても、顔を合わせるのは親類の冠婚葬祭時くらいですけどね」
吾妻さんはメガネに添えていた手を下ろし、テーブルに乗せていた自分の左手に重ね合わせ、続けた。
「正確には、暴言が止んだのは中学生になったくらいですかね。俺にも色々な知識が増えて、学習能力も身に付いて来ていましたから。母親の前では細心の注意をはらって行動するようになっていたので、その頃から、あれこれ突っ込まれる事はなくなりましたよ」
「そっか…」
「その代わり、今度こそ完全に放置されるようになって、母親はますます兄にかかりきりになって行ったんですけどね。高校、大学受験、その後の進路と、兄の時は熱心に世話を焼いていたのに、俺の時は終始『勝手にやれば?』という感じでした。もちろん、外面の良さはその頃も変わらずで、三者面談では愛想良く先生と話していましたけど」
吾妻さんの話に耳を傾けつつ、オレはとりあえず残りの焼き菓子をすべて口に入れ、マッハで咀嚼し、飲み下した。
「デビューするきっかけとなったイラストコンテストは、未成年者の場合は応募用紙に保護者のサインが必要だったんです。なので父にこっそりと頼んで、その際に『落選したら恥ずかしいから、絶対に、誰にも言わないでくれ』とお願いしたら、きちんと約束を守ってくれました」
「…そっか。優しいお父さんなんだね」
ただちょっと、色々な事に目が行き届かないだけで…。
「ええ。だから父の事は、別に嫌いではありません。兄も、普段はそっけないですけど、受験勉強の追い込みの時に参考書を買って来てくれたり、デビューした時にお祝いをくれたりして」
そこで吾妻さんはメガネを右手でクイッと押し上げた。
「ただ、二人は良くても、あの人には近付きたくありませんからね。だから実家には帰りません」
そう言う吾妻さんの声音はとりあえず落ち着いていた。
手のひらで隠れているので、その表情までは分からないけど。
「お母さんは相変わらず、その…、会うと意地悪な事を言ったりやったりしてくるの?」
「いえ。さすがにもうそういうのはなくなりました。と言っても、顔を合わせるのは親類の冠婚葬祭時くらいですけどね」
吾妻さんはメガネに添えていた手を下ろし、テーブルに乗せていた自分の左手に重ね合わせ、続けた。
「正確には、暴言が止んだのは中学生になったくらいですかね。俺にも色々な知識が増えて、学習能力も身に付いて来ていましたから。母親の前では細心の注意をはらって行動するようになっていたので、その頃から、あれこれ突っ込まれる事はなくなりましたよ」
「そっか…」
「その代わり、今度こそ完全に放置されるようになって、母親はますます兄にかかりきりになって行ったんですけどね。高校、大学受験、その後の進路と、兄の時は熱心に世話を焼いていたのに、俺の時は終始『勝手にやれば?』という感じでした。もちろん、外面の良さはその頃も変わらずで、三者面談では愛想良く先生と話していましたけど」