幸せになるために
吾妻さんの苦しみは充分理解できたし、その決意を翻させるつもりは毛頭ないのだけれど、かといって「そうだそうだ!」なんて積極的に後押しするのも何だかためらわれて、思わず言葉に詰まってしまった。


「……すみません。次から次へと、反応に困るような、不愉快な話をしてしまって」


そんなオレの葛藤を見抜いたようで、吾妻さんは自嘲気味な笑みを浮かべながら謝罪した。


「幸せに生きて来た比企さんが、俺のスタンスを全面的に支持するのは難しいだろうし、そして、そんな必要もないですから」


マグカップの取っ手部分を右手の人差し指と中指で弄び、視線もそこに向けながら、吾妻さんは主張を続ける。


「とにかく俺は、一生結婚はしないだろうなって、思います。籍を入れたら大抵の女性はその先、妊娠と出産を望むでしょうからね。『母親』になった女性と、一つ屋根の下で暮らすのは怖いから……」


その穏やかな語り口からは想像もできなかった、ヘビー過ぎる告白に、オレはさらに二の句が告げなくなってしまった。


「そして、そのトラウマを克服させてくれるような、心から愛せる女性に、自分が巡り会えるとも思えないんです」


吾妻さんは顔を上げ、オレに視線を合わせると改めて宣言した。


「だからきっと俺は一生、一人で生きて行くと思います」


その時、胸の中に芽生えたある思いが、喉元までせりあがって来た。

だけどそのラインを越える事はなかった。

言葉に変化して、外部に出力される事はなかった。


「よし。もうこの話は、ここで終わり!」


吾妻さんは、それまでとはうってかわった陽気な声でそう言いながら、テーブルを両手でパンッと叩いた。


「ここまで聞いて下さって、ありがとうございました。色々吐き出したらだいぶ気持ちが楽になりましたよ」


相変わらずオレは、何も気のきいた言葉を返せずに、ただぼんやりと吾妻さんを見つめている。


「あ。今、お土産用の袋持って来ますね。と言っても、コンビニのビニール袋しかないですけど」


おそらくそんなオレに気持ちを切り替える時間を与える為に、吾妻さんは勢い良く立ち上がり、キッチンへと向かった。

つくづくオレって……。

この上ない自己嫌悪に陥りながら、吾妻さんに気付かれないようこっそりと、深く、長い、ため息を吐く。
< 153 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop