幸せになるために
確かあれは小学1年生の時。

兄ちゃんと近所の公園で遊んでいたら、突然、野良犬が乱入して来た。

一目散に逃げる周りの子ども達。

でもオレは足がすくんでしまって、順番待ちする為に立っていたブランコの傍から、動けなくなってしまったのだ。


『たすくー!』


ジャングルジムで遊んでいた兄ちゃんがオレの元に駆け寄って来たのと、犬が飛びかかって来たのはほぼ同時だった。

気付いた時には地面に倒れていて、兄ちゃんがオレの背中に覆い被さっていた。


『大変!誰か救急車!』

『ぼく!大丈夫か?しっかり!』


兄ちゃんはオレをかばって犬に腕をかまれ、気を失っていたのである。

近くのアパートに逃げ込んだ子が、そこの住人に事情を説明したらしく、他の部屋の人達も引き連れて助けに来てくれたようで、いつの間にか犬は追い払われていた。

同時に保健所にも連絡したようで、犬は別の場所で捕獲されたようだ。

近所での出来事だったので公園に居た子達はほとんど顔見知りで、その中の数人が家まで母さんを呼びに行ってくれた。

慌てふためきながら駆け付けた母さんと、その数分後に到着した救急車に乗り込み、その日の救急指定病院へと向かったのである。

幸いな事に、真冬で厚手の上着を着ていたという事と、すぐにアパートの住人が助けに入ってくれたので、犬の牙が兄ちゃんの体を深く傷付けるという事態は避けられた。

痛みというよりも、恐怖とショックで兄ちゃんは気を失ったようだ。

だけどそんなの、当たり前の事だと思う。

オレが1年生という事は、兄ちゃんだってその時まだ、小学3年生だったのだから。

犬の前に飛び出すなんてどれだけの勇気がいったことだろう。

ジャングルジムに登ったままで居れば安全だったのに。

そんな小さい子が野犬に太刀打ちなんかできる訳がないのに。

それでも兄ちゃんはオレを守る為に、無我夢中で駆け寄って来てくれたのである。

病院に着いて目を覚ました兄ちゃんは、ベッドの脇に佇むオレの姿を見るやいなや『たすく、ケガはないか!?』と焦ったように聞いて来た。

ベソをかきながらオレがこっくりと頷くと、兄ちゃんは笑顔を浮かべ、心底安堵したように言ったのだ。


『そっか、良かった~』


その瞬間オレは号泣しながら兄ちゃんに抱きついたのだけれど、それを思い返している今も、何だか涙腺がヤバい。
< 172 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop