幸せになるために
「椅子があれば充分用が足りますし。そんなに重要なアイテムとも思えなくて」

「ん~。まぁ言われてみれば、確かにその通りなんだけどね…。あ、そうだ」


冷蔵庫を開けてケーキの箱を収納した際に目に付いたそれを取り出し、オレは再びカウンターまで移動した。


「悪いけど、シャンパンとこの鍋敷きをテーブルまで運んでもらって良いかな?高さがある方の茶色のテーブルに」

「了解です」


吾妻さんは笑顔でそれを手に取ると、指示通りに動いてくれた。

それを視界の端に納めつつ、オレは素早くガス台の前に戻り、引き続き鍋の中をかき回す。


「この紙皿とか、封を開けておいて良いですか?」

「あ、よろしく~」


吾妻さんの声に答えた後オレは、グツグツと言い始めたシチューを数回かき回してから火を止め、鍋の取っ手を両手で掴んで持ち上げ、リビングへと運んだ。

吾妻さんが乗せておいてくれた鍋敷きの上に鍋を置いた所で、思わず「ふ~」と息を吐く。

これで、準備は完了したぞ。


「それじゃあ、そろそろ……」


そんなオレに視線を合わせつつ、吾妻さんは穏やかに声を発した。


「聖くんを起こしましょうか?」

「……そうだね」


静かに頷き、オレが聖くんの元に向かおうと歩き出したその時。

ススス…とゆっくりと、寝室の戸が横にスライドした。


「あ~。やっぱり、りきお兄ちゃんだ~」


聖くんが、戸の陰からコソッと顔だけ覗かせ、嬉しそうに声を上げる。


「おはよう、聖くん」

「おはよぉ~」


吾妻さんの挨拶に答えながら、聖くんは寝室からピョコン、と飛び出ると、素早く戸を閉めて、オレ達の傍へと駆け寄って来た。


「約束通り、聖くんのお誕生日会をやる為に来たんだよ。ホラ」


言いながら、吾妻さんが右手で示した先、テーブル上のオードブルに視線を向けた聖くんは歓声を上げる。


「うわ~!」

「美味しそうでしょー?もちろん、ケーキもあるからね」

「けぇき!」


さらに瞳を輝かせ、オレ達を見上げた聖くんの体の中心から、その音は響いて来た。


ぐううぅぅぅぅ~。


「あ」


慌ててパッとお腹に手を当てた後、聖くんは恥ずかしそうに呟いた。


「おなかの虫がなっちゃった…」

「ふふ。じゃあ、早速食べようか」


それは聖くんの体が、食物を欲しているという確たる証拠。


「聖くんのお誕生日パーティー、始めるよ!」


その事にこの上ない嬉しさが込み上げて来て、オレはハイテンションに宣言した。
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