幸せになるために
笑顔で答えながら、聖くんはまずはジャガイモを掬い取り、口元へと運ぶと宣言通り、念入りに「ふーふー」作業を開始した。

オレも、そして吾妻さんもスプーンを中途半端な高さで止めたまま、聖くんの動きを凝視してしまう。

それはとても不思議な光景だったから。

聖くんの手にするスプーンの上には確かにジャガイモが乗っているのに、皿の中のシチューに変化はない。

つまり、実際には全く量が減っていないという事である。

分かりやすく例えるならば、実物とその影が存在し、影の方を聖くんが操っているという感じか。

シャンパンは一口しか飲んでいなかったのでパッと見減り具合なんか分からないし、その事実には気付かなかった。


「んー!おいし~い」


オレ達が見守る中、ジャガイモを口に入れ、ハフハフ言いながら咀嚼した後、聖くんは歓声を上げる。


「おいもがすっごくトロッとしてるぅ~」


自分が起こしている不可思議現象、矛盾には、聖くん自身は気が付いていないようで、ご機嫌にそう言いながら、再びスプーンを動かした。


「ホ、ホント?良かった~」


約束通り、きちんとふーふーしてから二口目も口にする聖くんに、遅ればせながら返答する。


「このシチュー、オレが作ったんだよねー」

「ん~!?」


聖くんは目を見開きながら口の中の物を飲み下した後、急いで言葉を発した。


「そうなのぉ~?すごーい!たすくお兄ちゃん、お料理じょうずだね~」

「ふふ。ありがと」

「ホント。美味しいですよ、これ」


吾妻さんも自分を取り戻したらしく、オレと聖くんがやり取りをしている間にシチューを食したようで、自然に会話に加わって来た。


「何か、この前よりさらにレベルアップしてる気がするんですけど」

「え?ホント?」

「ええ。手が止まらない感じですよ」


その言葉を裏付けるように、吾妻さんはスプーンでシチューを掬って口元に運ぶ、という動作を短いスパンで何回も繰り返す。


「じゃあ、これぞまさしくアレだよ。『その場の雰囲気がスパイスになってる』ってやつ」


オレは吾妻さん、聖くんの順に笑顔を向けながら主張した。


「3人で楽しく食事をしているから、料理がとっても美味しく感じるんだよ」
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