幸せになるために
「……そうですね」


吾妻さんはそこで動きを止め、神妙な口調で同意する。


「うん、すっごく楽しいよねー!あ、りきお兄ちゃんがお皿に乗せてくれたやつも食べようっと」


その場に漂う、ちょっとしんみりとした空気には聖くんは気付かなかったようだ。

無邪気にそう言いながらスプーンをテーブルに敷いてある紙ナプキンの上に置くと、オードブル料理が乗っている皿を手前に引き寄せ、フライドチキンを両手で掴み、持ち上げた。

しかしやはり、チキンは聖くんの手と皿の上両方に、きちんと存在している。

つくづく不思議な現象に、思わず顔を見合わせたオレと吾妻さんをよそに、聖くんはチキンにパクっとかじり付いた。


「んう~!こっちもおいし~い」


心底満足そうな笑顔だ。


「あ。オ、オレも冷めないうちに食べようっと」


自分がまだ何も食していなかった事に今さらながらに気付き、オレは慌ててスプーンを手に取った。

急がなければ。


「ん!ホントだ!自分で言うのも何だけど、このシチューおいしいー」


タイムリミットは近付いている。

聖くんとの最後の晩餐を、大いに楽しまなければ。


「んふふ~」

「ね?お世辞じゃないって事が分かったでしょう?」


自画自賛するオレを見て、聖くんが笑い、吾妻さんが言葉を返す。

ああ、本当に、何て楽しくて、愛しさに満ち溢れた時間なんだろう。

この時が、永遠に続いてくれれば良いのに…。


「ふ~、おいしかったー」


飲んで語らって食べて、いつの間にやら全員、自分の目の前の取り分けた分の料理はキレイに無くなっていた。

いや。聖くんの分は依然としてそこに残っているのだけれど。

しかし彼の中ではオレ達と同じように、料理はすべて平らげた事になっているらしい。

満足そうに言葉を発しながら、両手でお腹をぽんぽんと叩いている。


「あ。まだシチューも、ポテトもソーセージも残ってるよ?聖くん。お代わりしたら?」

「ううん。しょっぱいのはもうだいじょうぶ」


思わず必死に提案してしまったけれど、聖くんはふるふると頭を振りつつ辞退した。


「これ以上たべたら、ケーキが入らなくなっちゃうから」
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