幸せになるために
流し台に近付き、荷造り紐などを入れてある引き出しを開けて、災害時の備えとして保管してあるライターを取り出す。

次いで水切りカゴに乗せておいた包丁を手に取ると、足早に二人の元へと戻った。

今回は牛歩作戦は遂行しなかった。

あんなに嬉しそうな聖くんの表情を見てしまったら、自分の勝手な感情で時間を稼ぐような、焦らすような意地悪な真似は、もうできる訳がない。

リビングに戻ると、すでにろうそくはイチゴの並びに合わせて等間隔に立てられていた。

ダイニングテーブル上に新しい紙皿を出し、そこに包丁を乗せてから、オレは吾妻さんに近付きライターを差し出す。


「ごめん。吾妻さんの方が近いから、火を点けてもらって良い?」


ホントは理由はそれだけじゃないんだけど…。


「ええ、もちろん。喜んで」


吾妻さんがライターを受け取ってくれた後、オレは数歩移動して蛍光灯の下に立ち、紐を掴んでスタンバイした。

ほどなくして、ろうそくすべてに火が灯ったので、「じゃ、明かり消すよ~」と言いながら消灯する。


「あ、足元、気を付けて下さいね」

「だいじょぶだいじょぶ。結構明るいもん」


聖くんの手が届かないよう、ライターを自分から見てテーブルの左端に置きながら、オレに対しても配慮してくれる吾妻さんに陽気に答えながら腰を下ろした。


「それじゃあ…。アレ、行きますか?」

「そうですね」


二人で顔を見合せ、「せーの」と掛け声をかけてから、バースデーパーティーではお約束の、あの歌を歌い出す。

アカペラでの歌唱ってのは中々こっ恥ずかしいものがあるけれど、かといってこのプロセスをすっ飛ばす訳にはいかないもんね。

聖くんに喜んでもらえるように、多少音程がズレても気にせずに、ハイテンションで最後まで歌い切った。


「じゃあ聖くん、ろうそくを消して」

「うん」


歌うオレ達の姿を交互に、とても楽しそうに眺めていた聖くんは、吾妻さんがそう催促するとコックリと頷き、ケーキに顔を近付けた。


「ふー!ふー!」

「がんばれー」

「あと一本だよ!」


一生懸命息を吐き出す聖くんに、オレと吾妻さんは思わず熱い声援を送ってしまった。
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