幸せになるために
「え、えっと…。あ。サンタさんとトナカイは?」


確かここまでで、聖くんがそれを口に運んでいた記憶はない。

ずっと凝視していた訳ではないけれど、正面に座っているのだから、動きは自然と視界に入るハズ。


「お砂糖で出来てるみたいだから、それもちゃんと食べられるよ?」

「ううん。サンタさん達はいい」


しかし、聖くんはふるふると首を振りながら返答した。


「だって、モグモグしたらかわいそうだもん。このままとっておくんだ」


もうこれ以上、オレには紡げる言葉はなかった。

さすがの吾妻さんも、今回ばかりは押し黙っている。

すると、聖くんは「ふ~」と言いつつ、その場にゆっくりと身を横たえた。

ギクリとしつつその動きを目で追っていると、聖くんは予想していた通りの解説を口にした。


「おなかいっぱいになったら、なんだか眠たくなってきちゃった……」

「……そう」


自分でも不思議だった。


「良いよ、我慢しないで、そのまま寝ちゃいな…」


その言葉を聞いたら、むしろ、覚悟が決まった。

すぅーっと凪いで行く心と連動するように、それまで勝手に振動していた指先も、ピタリと活動が停止する。


「それじゃあ、聖くんが眠りに落ちるまで、三太くんの絵本、読んであげようかな…」

「え~。ほんとう?」

「うん」

「わ~い」


聖くんは横になったまま顔だけ上げて、オレと視線を合わせると、心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「…さんたくん?」


それまで無言でいた吾妻さんは、オレ達だけで成立している会話の内容に疑問を抱き、問い掛けて来る。


「あ、そっか。吾妻さんは知らないよね。『三太くんは1日サンタ』っていう絵本があるんだけど…」


そこでオレは『よっこいせ』と立ち上がり、本棚の脇に置いてある紙袋に近付きながら言葉を続けた。


「職場で借りて来て、数日前に聖くんに読み聞かせしたんだ。ホラ、これ」


袋から絵本を取り出し、吾妻さんが良く見えるように両手で胸の前に掲げる。


「へぇ~。可愛らしい絵柄ですね」

「聖くんは、主人公の三太くんのことが大好きなんだよね?」

「うん…」
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