幸せになるために
体同様、上げていた頭をコテン、とラグの上に横たえて、聖くんはちょっと舌たらずな口調で返答した。


「だって、三太くんは、すごく強い子だから」


きっと眠気がピークに近付いて来たのだろう。


「トナカイさんにいじわるなことを言われても、ぜんぜん気にしなかったし、暗くて寒い夜空の中を、ソリで元気いっぱいに走り抜けてたし」

「うん。ホント、頑張り屋さんだよね」


本棚の前から聖くんの傍へと移動しつつ会話を交わす。


「だからぼくもみならわなくっちゃ」


しかし、吾妻さんの右側、聖くんの目の前に腰を落としたオレは、次の瞬間またもやフリーズする事となった。


「今度お兄ちゃんに会ったら『らんぼうなことはしちゃダメ!』って、ちゃんと、勇気をだして言わなくちゃ」

「………え?」


固まってしまったオレの代わりに、吾妻さんは困惑を隠しきれない声音で聞き返す。


「おにい…ちゃん?」

「うん。ここでいっしょに住んでいた、かずゆきお兄ちゃん」


予想通りの回答に、吾妻さんも言葉を失った。


「お兄ちゃん、さいしょはとってもやさしかったんだけどな~…。トランプとか、ボール遊びとかしてくれて。だけど、だんだん恐くなってきちゃって…」


いかにも眠そうに、シパシパと瞬きを繰り返しながら、聖くんはポツリポツリと語り出す。


「それでお母さんのこと、たたくようになっちゃってね。ぼく、男の子だから、助けてあげなくちゃいけなかったのに……」


そこで聖くんはシュン、となった。


「弱虫だから、お兄ちゃんに『やめて』って、言えなかったの」

「そんなっ…」


できる事なら今すぐ耳を塞いでしまいたい。


「そしたらお兄ちゃん、ぼくのこともたたくようになってね…。でも、きっとお兄ちゃんも、そんな自分はキライだったと思うんだ。ほんとうはそんなこと、したくなかったはずなの」


だけどこれは聖くんのこの世での最後の言葉。


「だって、セーターを買ってくれた時、お兄ちゃん、昔みたいなやさしい笑顔だったもん」


だからこころゆくまで、その胸の内を吐き出させてあげなければ。


「だからね、一つ大人になったぼくが、今度こそ、お兄ちゃんを止めてあげなくちゃ。ほんとうのやさしいお兄ちゃんに、戻してあげなくちゃ」
< 190 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop