幸せになるために
オレはそんな彼の生き方を否定する事なんてできない。

むしろ心の底から尊敬する。

だけど、男が弱さを見せる事も、もちろん、否定したりはしない。

気持ちを浮上させる為には、とことんまで、落ち込んだ方が上手く行く場合もあるから。

だから、たまにはこんな夜があっても、良いじゃないか。

物心ついた時から、一番身近で心の拠り所となる筈の母親から、毒を含んだ、悪意に満ちた言葉を投げ掛けられ、それでも自分の才能を信じ、ここまで懸命に、雄々しく生きて来た吾妻さんが……。

おそらく、自分と重ね合わせて見ていたのであろう聖くんと、お別れした夜なのだから。

オレの腕の中で、男泣きではなく、まるで子どものように、泣きじゃくったって、良いじゃないか。

何にも恥ずかしい事なんてありはしない。

あまりにも哀しく切ない別れを経験した、この清らかな夜に。

その思いを共有する男二人が、肩を寄せ合い、お互いの魂を慰めあうように、思う存分涙を流したって、良いじゃないか……。


それからオレ達は顔をつき合わせ、泣きに泣きまくった。

だけど「泣く」っていう行為は、かなりのエネルギーを消費するんだよね。

さほど時間が経たないうちに体が根を上げて、流す涙も無くなって、疲労困憊になり、気が付いた時にはただその場にぼ~っと座り込んでいた。


「……料理、食べましょうか」


すると吾妻さんが顔を上げ、オレに視線を合わせてポツリと呟く。


「聖くんの為に用意した料理ですから。すべてきちんと食べきるのが、彼への供養だと思うんです」

「……うん、そうだね」


オレ達はノロノロと動き出し、吾妻さんはメガネをかけつつ元の席に、オレは絵本を紙袋に戻してから聖くんが座っていた席に姿勢を正して腰掛けると、再度「いただきます」と唱えた。

そして、まずは聖くんが食したけれど実際にはそのまま残っている料理を、二人で分け合い食べたのだった。


「これ、どうしましょうか?」


シチュー、オードブル、ケーキと順番に平らげて、最後に皿の上に残ったサンタさんとトナカイを見て、吾妻さんが問いかけて来た。


「聖くんは『とっておく』と言っていましたけど…」

「ん。そうしよう。それがあの子の遺言だから」


言いながら立ち上がり、皿を手にすると、オレはキッチンへと向かった。
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