幸せになるために
「あ、そうだ。パーカー洗わなくちゃな」


振り向き、洋服ダンスめがけて歩き出そうとしたその時。

視界の右端に、何やらこの上ない違和感を覚えた。

首を巡らせ、その物をしっかりと瞳で捉えた瞬間、胸の鼓動がはねあがる。

枕元に置いてある、手の平サイズの正方形の目覚まし時計。

そのボディーには荷造り紐が十字に巻き付けられていて、天辺の中心部分にリボン結びが施されていた。

いわゆるプレゼント仕様の結び方。


「あ…」


オレはフラリと枕元まで歩を進め、その場に崩れるようにして膝を着く。

どう考えてもそれは、聖くんの仕業だろう。


「いつの間に…?」


囁きながら、下着とタオルは布団の上に放り投げ、両手で時計をそっと持ち上げた。

しかしすぐに頭が目まぐるしく回転し、ある推論を導き出す。

金曜日。

ここでもう一度読み聞かせをねだられ、それに応じたオレが荷造り紐をパーカーのポッケに入れるのを、聖くんは眠気まなこでぼんやりと眺めていた。

眠りに落ちる直前の事だったから、むしろ鮮明に脳裏に焼き付いたのかもしれない。

そして今日、目覚めた時に、この時計が視界に入り、それと同時にその時の記憶がふいに甦り、突然、プレゼントに見立てる事を思いついたのではないだろうか。

薄暗がりの中一人、無邪気に微笑みながら、コッソリとパーカーに近付き、ポッケから紐を取り出して、小さい手で一生懸命時計に巻き付けている聖くんの姿が、脳内スクリーンに浮かび上がる。

そしてその後なに食わぬ顔で、オレと吾妻さんの前に姿を現したのだろう。

いわずもがなで、後でオレを驚かせ、喜ばせる為に……。

だけど聖くんはもう、オレのリアクションを見る事はできない。

………いや…?

もしかしたら今、神様と一緒に見ているのだろうか。

いつものあの「んふ」という、可愛らしい笑い声を漏らしながら。

それにつられ、思わず「ふ」っと吹き出したあと、オレは時計をじっと見つめながら言葉を発した。


「プレゼントありがとうね、聖くん。すっごく嬉しいよ」


ああ……。


「ちょうちょ結び、とっても上手にできてるね…」


せっかく、涙が止まったと思っていたのに。

オレは時計を両手で握り締めて胸元に寄せ、きつく瞼を閉じると、再び泣きの態勢に入った。

この103号室で彼と過ごした、あまりにも短い、だけどこの上ない愛しさに溢れていた日々に思いを馳せながら。

オレはただひたすら、泣く事に集中し続けたのだった。
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