幸せになるために
「まりちゃんが台所使ってるんだから。慣れない人が周りをウロウロしてたら邪魔ですからね」


母さんはそう言いながらよっこいしょ、と立ち上がり、ついでに父さんの席の前にあったミカンの皮を回収する。


「悪いな、よろしく」

「はいはい」


ちょっとつっけんどんに答えながら、母さんは足早に台所へと向かった。


「おっかないなー…」


眉尻を下げ、肩をすくめながら、兄ちゃんとオレに向かってコソッと呟いた父さんのその姿が何だかツボに入ってしまって、オレ達は盛大に吹き出した。

やっぱり良いよな、家族って……。

と思うのと同時に、そんな考えが自然に浮かぶ自分は本当に恵まれた環境で育ったのだという事、世の中のすべての人がそうではないという事に思い至り、胸がズキンと痛む。

その後ワインと、茉莉亜さんお手製のちらし寿司、鳥の竜田揚げ、お吸い物、サラダを胃に納め、アルコールの力と美味しい料理のおかげで落ち込んだ気分はだいぶ盛り返した。


「今日はご馳走様でした。お土産も、ホントありがとうね」

「いいえ~。どういたしまして」

「気に入ってもらえて良かったよ」


玄関先で、まずは茉莉亜さんと兄ちゃんに順に顔を向けて礼を言ってから、今度は父さん母さんにも視線を配り、言葉をかけた。


「また近いうちに、遊びに来させてもらうね」

「ああ。いつでも好きな時に帰って来なさい」

「待ってるわ」

「じゃあ、またね」


最後に別れの挨拶を述べてから、全員に見送られ、オレは実家を後にした。

19時頃アパートにたどり着き、洗面所でうがいと手洗いをしてからダイニングへと向かい、お土産の袋をとりあえずテーブルに置いた所でふと思う。

……昼間思い付いたこと、吾妻さんにメールしてみようかな…。

今日はもう夕飯の時間だから無理だけど、オレが休みで、吾妻さんも都合が良い日の午後にでも、お茶しませんかって。

そう考えながら、手が自然に上着のポッケをまさぐり、ケータイを取り出していたんだけど……。

新規のメールを作成する画面にした所で、指が止まり、しばし悩んだあと、結局キャンセルしてしまった。

……やっぱダメだ。

どういう風に話を持って行ったら良いのか分からない。

自分の不甲斐なさに自分自身大きくため息を吐きながら、オレは着替えるべく、寝室へと歩を進めたのだった。
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