幸せになるために
オレがゴミ出しから帰って来た時、遅番で出勤する時など、同じくゴミステーションに向かう為、また、郵便受けを確認する為にちょうど部屋から出て来た吾妻さんと遭遇したりした時はあったんだけど…。

出勤前の慌ただしい最中だったから、挨拶に毛が生えた程度の会話しか交わせなかった。

一回、吾妻さんからお茶のお誘いのメールをいただいたんだけども、ちょうどその日は新年会で、せっかく誘ってもらったのに断る事になってしまった。

で、別の日に意を決して、こっちから夕飯をご一緒しないかとメールしてみたら、今度は吾妻さんが仕事の打ち合わせが入ってて無理だったりして。

お互い不可抗力だったんだけど、そういうすれ違いが続くと、何だかますます心に(勝手に)距離感が生まれてしまって、アポイントを取る気力が萎えてしまう。

そんなこんなで気付いたら約2ヶ月間、吾妻さんとじっくり語らう時間が作れなかったのだ。

いや、社会人になったらどんな仲の良い友達だって、2ヶ月くらい会えなくなるなんて事は別に普通にある事なんだけどさ。

実際、休みが合わずに数ヶ月どころか、会うのは年に一回ペースになってしまった友達も中にはいるもんね。

でも、お隣さんだし、それに、吾妻さんとタイミングが合わないという事に対して、何だかこの上ない焦燥感が募って来てしまう。

一体何なのだろう、この気持ちは。


「年明けからこっち、何かと忙しかったからさ…」


しかし、自分自身良く分からない胸の内を伝えても仕方がないので、渡辺さんにはとりあえず無難にそう答えておいた。


「そうですか」


納得したようにコクリと頷いたあと、渡辺さんは独り言のように呟く。


「まぁ、私もある意味、この2ヶ月間、激動の日々を過ごして来たんですけどね…」

「え?」


渡辺さんはそこで何故か顔を赤らめ、コホン、と咳払いしてから続けた。


「えっとですねぇ、私、今年の11月には『渡辺』ではなくなっていると思います」

「へ?」


一瞬意味が分からず呆けてしまったけれど、すぐにハッと気が付く。


「あ。それってもしかして…」

「ええまぁ、そういう事です」

「わー!結婚するんだ?おめでとう!」

「ありがとうございます」


照れくさそうに、メガネを押し上げながら礼を述べる渡辺さんに間髪入れず問いかけた。
< 207 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop