幸せになるために
「いつ頃そういう話になったの?」

「えっと…去年のクリスマスイブに、高校の時から付き合ってる彼にプロポーズされまして…」

「え。そ、そうだったんだー」


そのキーワードに一瞬ドキリとしつつも、会話を続ける。


「女の子がバリバリ憧れるシチュエーションじゃない!ロマンチックな彼なんだねー」

「ええ、まぁ…」

「あ、じゃあ、婚約指輪ももらったりした?」

「はい」

「そりゃそうだよねー。でも、今まで着けてるの見た記憶ないけど…?」


常に渡辺さんの左手薬指に注目している訳じゃないし、鈍感なオレが気付く可能性は低いけど、そこに指輪があれば他の誰かが騒ぎ出すハズ。


「いやだって、まず、あの職場では着けられないでしょ?だって、本を扱うのに邪魔ですもん。それに、今までしてなかったのに今日いきなり薬指にはめて来るのもなんだかなーと思って、とりあえずお留守番させてるんです」

「…そっか」


渡辺さんは照れ隠しでそういう言い方をしたんだろうけど、正確には「邪魔」じゃなくて「本を扱ってる最中に大切な指輪に傷が付いたら悲しいから」装着しないんだろうな、と勝手に解釈した。


「だけどホント、全然気付かなかったなー。渡辺さん普段通りだったから」


まぁ、それはただ単にオレがイブ以降、メンタルが地の底まで落ち込んで行かないように、一定の高さに保つ事に力を注いでいて、周りに目を向ける余裕がなかったからかもしれないけど。


「両家の親に挨拶をして、話し合いをして、ある程度の事が決まるまで周りにはその事実は伏せておこうと思っていましたから。もちろん、ちゃんと決まったらすぐに職場の皆さんにご報告するつもりでしたよ。新婚旅行の為に休暇を取ったりするから、ご迷惑をおかけしてしまいますもんね」

「いや、迷惑だなんて。おめでたい事なんだからそんなの気にしなくて良いんだよー」

「で、まぁ道筋は見えて来たので、そろそろ良い頃合いかなと」

「…もしかして、報告受けたのって職場ではオレが一番最初だったりする?」

「はい」

「わー。すっごく光栄だなー!」


いつの間にやら体調はすっかり回復していて、オレはテンション高く言葉を発した。


「一応11月に挙式予定で、入籍も同じ日にするつもりなんです。だからその日から『渡辺紗耶香』ではなくなるって事ですね」

「そっかー」
< 208 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop