幸せになるために
「ふふ…。ホント可愛い。本を読んでるんだ」


右手で紐の部分を持ち、左手のひらにクマさんを乗せて色んな角度から観察しつつ、思わず、という感じで吾妻さんは笑みを溢した。


「この本が大好きなんですね。何だか、聖くんを連想してしまうな…」

「あ」


吾妻さんのその呟きに、今さらながらに気付かされた。


「言われてみれば、そうだね」


だから初めて見た時に、何とも言えないいとおしさが込み上げて来たんだな。


「ありがとうございました」

「ん」


両手で差し出されたクマさんを受け取り、今度こそポッケに仕舞って椅子に深く腰掛け直した所で、吾妻さんがコーヒーと一口チョコが盛られた皿をトレイに乗せてダイニングテーブルへと運んで来た。


「ここんところ、お互いすれ違いでしたね…」


対面の席に腰掛け、コーヒーを一口すすって「ふー」と息を吐いてから、吾妻さんはしみじみと呟く。


「ホントだよね。何だかバタバタしててさ」


同じくコーヒーをすすっていたオレは、それを飲み下したあと返答した。


「…きっかけを待ってたらいつまで経っても会えないような気がして、それで思い立ったが吉日じゃないけど、今日こうして強引に押し掛けて来ちゃったんだ。ごめんね」

「いえいえ、構いませんよ。今のところ急ぎの仕事はないですから。それに、俺もそろそろ比企さんに会いたいと思っていたし」


吾妻さんはさらりと、爽やかな笑顔を浮かべながら、とんでもなく嬉しい事を言ってくれた。

何だか変な笑いが込み上げて来そうだったので、オレは慌てて再びコーヒーを口にすると、その変なテンションと共に急いで体の奥深くへと流し込んだ。


「あ、ところで…」


そこでふと、以前疑問を抱いた事柄を思い出し、さっそく吾妻さんにぶつけてみる。


「聖くんのお骨って、一体どこにあるんだろうね…?」


ネット検索した際に、そういった情報はどこにも見当たらなかった。


「ああ…」


吾妻さんはそれまで浮かべていた笑みを引っ込めて、表情を引き締めると、あえて事務的な口調で解説する。


「例の本によると、事件後、聖くんの遺体は新潟に住む母親の両親…つまり、聖くんにとっては祖父母が引き取り、荼毘に付したようですね」

「新潟…」

「ただ、それ以上の詳しい情報は記載されていませんでしたが」
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