幸せになるために
「あ、うん。そりゃそうだよね」


オレは大きく頷きながら返答した。


「実際に行くつもりはないから、それは良いんだ。きちんと安置されている事さえ分かれば。聖くんの事を思い出した時は、心の中で静かに手を合わせるから」


「……そうですね」


オレの意見に同意したあと、吾妻さんは続けた。


「母親とあの男こそ、そういう気持ちを持っていて欲しいものですけど…。実際の所どうなんでしょうね」

「え?」

「俺も一人で過ごしている間に色々と考えてました。あの二人は今、どこで何をしているのだろうかと」

「…もうとっくに、出所してるよね」

「ええ」


ネットに『男の方は懲役8年、母親は懲役2年4ヶ月、執行猶予3年の判決が下った』という新聞記事を引用した記述があったのを覚えている。

事件から15年経った現在、とっくに刑期は終えているだろう。


「虐待の末に命を奪っておいて、たった8年で出て来られるなんて…」

「母親に至っては執行猶予付きで、服役すらしていないですからね」


彼女も男から暴力を受けていた期間があり、心身共に疲弊していた状態であったのだろうという事、しかしそれでも、幼い我が子を危険から守る義務、責任を放棄し、死に至らしめた罪は無視できないという事など、諸々の判断材料から、そのような判決が下った。

男の方も、聖くんの体に死亡時に負ったものとは別の治りかけの傷痕が残っており、また、母親の証言から、日常的に虐待を行っていた事実は明るみに出たものの、事件当日の行動に関しては故意ではなく過失の割合が高いと判断された。

そして…。

男…久保田一之自身も、幼少時代、両親から虐待を受け、施設で育ったという経歴の持ち主であった。

とても悲しい負の連鎖。

そういった点で情状酌量され、懲役8年という刑が課せられる事となったのである。

その時の裁判ではそれが妥当な量刑であると判断されたという事だ。

しかし、その事実を知ってもなお「たったそれだけ?」と思ってしまわずにはいられない。

『過失』というけれど、そもそも暴力的な気持ちがなければそんな事態には陥らなかったのだから。

もちろん、男がそれ以上の刑に服したからといって、それで聖くんが帰って来る訳ではないのだけれど。


「でも…。聖くんは許しているんですよね」
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