幸せになるために
吾妻さんのその呟きで、聖くんのあの夜の、あの言葉を思い出す。
『やさしいお兄ちゃんに、戻してあげなくちゃ』
二人に対しての恨みの気持ちなど微塵も感じられない、ただただ勇気と希望と、思いやりに溢れた言葉だった。
「だからせめてその思いが、あの二人に伝わってくれていると良いんですが…。おそらくそれぞれが、自分達の事を誰も知らない場所で、ひっそりこっそり、暮らしていると思うんですけど、どこに居ても何をしていても、一生、聖くんへの懺悔の気持ちは忘れずに生きて行って欲しいです」
「うん…。そうだね」
今となってはもう、そのように願うしかない。
「それでですね…」
「ん?」
「その流れで、俺ももう一度、母親との関係性を見直してみようかと、ふと思ったんです。聖くんのように、母親を許す事はできないだろうかと」
「え…」
一瞬言葉に詰まってしまったけれど、頑張って問い掛けた。
「そ、それで、どうだったの…?」
「やっぱり、ダメでした」
しかし吾妻さんは苦笑を浮かべながら、あっさりと答えを返す。
「暴力を振るわれていた訳ではない。衣食住に困っていた訳でもない。聖くんに比べたら、まるで天国のような環境だったにも関わらず、それでも、やっぱりダメなんです」
そこで吾妻さんはすっと目を伏せた。
「母親を許す事なんか、やっぱり俺にはできません」
「……うん。だったら、許さなくて良いと思う」
自分でも不思議だけれど、以前は口にするのをかなり躊躇した筈のその言葉が、自然に、すんなりと吐き出された。
「傷付いたのは吾妻さん自身なんだから。誰かと自分の苦しみを天秤にかけて、その重さを比べる必要なんてない。吾妻さんが許したくないなら、許さなくて良い。自分の心に正直に、生きて行って良いと思うよ」
吾妻さんは弾かれたように顔を上げ、大きく見開いた目でオレを凝視すると、そのまま固まった。
オレは何を言うでもなく、そんな彼を静かに見つめ返す。
「……ありがとうございます」
とても長く感じられたけれど、実際にはほんの数10秒の出来事だっただろう。
ふっ、と力が抜けたように、とても穏やかな表情になった吾妻さんは、それに見合う声音で礼を述べた。
「他の誰でもない、比企さんにそう言ってもらえて、とても心が楽になりました」
『やさしいお兄ちゃんに、戻してあげなくちゃ』
二人に対しての恨みの気持ちなど微塵も感じられない、ただただ勇気と希望と、思いやりに溢れた言葉だった。
「だからせめてその思いが、あの二人に伝わってくれていると良いんですが…。おそらくそれぞれが、自分達の事を誰も知らない場所で、ひっそりこっそり、暮らしていると思うんですけど、どこに居ても何をしていても、一生、聖くんへの懺悔の気持ちは忘れずに生きて行って欲しいです」
「うん…。そうだね」
今となってはもう、そのように願うしかない。
「それでですね…」
「ん?」
「その流れで、俺ももう一度、母親との関係性を見直してみようかと、ふと思ったんです。聖くんのように、母親を許す事はできないだろうかと」
「え…」
一瞬言葉に詰まってしまったけれど、頑張って問い掛けた。
「そ、それで、どうだったの…?」
「やっぱり、ダメでした」
しかし吾妻さんは苦笑を浮かべながら、あっさりと答えを返す。
「暴力を振るわれていた訳ではない。衣食住に困っていた訳でもない。聖くんに比べたら、まるで天国のような環境だったにも関わらず、それでも、やっぱりダメなんです」
そこで吾妻さんはすっと目を伏せた。
「母親を許す事なんか、やっぱり俺にはできません」
「……うん。だったら、許さなくて良いと思う」
自分でも不思議だけれど、以前は口にするのをかなり躊躇した筈のその言葉が、自然に、すんなりと吐き出された。
「傷付いたのは吾妻さん自身なんだから。誰かと自分の苦しみを天秤にかけて、その重さを比べる必要なんてない。吾妻さんが許したくないなら、許さなくて良い。自分の心に正直に、生きて行って良いと思うよ」
吾妻さんは弾かれたように顔を上げ、大きく見開いた目でオレを凝視すると、そのまま固まった。
オレは何を言うでもなく、そんな彼を静かに見つめ返す。
「……ありがとうございます」
とても長く感じられたけれど、実際にはほんの数10秒の出来事だっただろう。
ふっ、と力が抜けたように、とても穏やかな表情になった吾妻さんは、それに見合う声音で礼を述べた。
「他の誰でもない、比企さんにそう言ってもらえて、とても心が楽になりました」