幸せになるために
そこで兄ちゃんは突然言葉を切り、ギョッとしたように問いかけて来た。


「って、な、何で泣いてんだよ?たすく!」

「…え?」


指摘を受けてようやく、自分の頬を濡らしているものに気が付く。


「あ…。な、何か、すごく感動しちゃって…」


オレは慌ててウーロン茶のグラスをテーブルに戻すと、シャツのポッケに入れておいたタオルハンカチを取り出し、涙を拭いた。


「そっか、男の子か…」

「…の、可能性が高いって話な。俺達は別に性別はどっちでも良いんだ」


オレの感情に呼応したように、兄ちゃんの瞳もウルウルと潤んで来た。


「うん、そうだよね。どっちでも良いよね」


これは偶然なんかじゃない。


「生まれて来る子が、男の子でも女の子でも」


あの子とのあの出逢い、奇跡の時間は、この未来へと繋がっていたんだ。


「きっと世界一優しくて、強い子になるよ。だって」


あの子の魂を継ぐ者だから。

そして……。


「兄ちゃんと茉莉亜さんの、愛の結晶だもん」

「な、何だよっ。照れるじゃねぇかー!」


兄ちゃんは思いっきりおどけてそう言いながら、目尻に浮かんだそれをおしぼりでささっとさりげなく吸い取った。


「また、君に逢えるんだ…」


だからオレが思わず発した小さな呟きは、兄ちゃんには聞こえていないだろう。

オレは心の中で続けた。

普段はお調子者だけど、いざという時にはとても頼りになるお父さんと、しっかり者のお母さんが、君のことをこれでもかってくらい、愛してくれるよ。


苦しい思いはさせない。

辛い目になんかあわせない。

決して不幸にしたりしないから。


お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、そして叔父さんであるこのオレも、全力で君のことを守ってみせる。

だから安心して生まれておいで。

夢と希望が満ち溢れている、素晴らしいこの世界に。

今度こそ

君が、幸せになるために。
< 224 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop