幸せになるために
「大量出血してる訳じゃなくて、ただ単に擦りむけて血が滲んでる、って感じの傷っぽいし」


そこでオレは玄関ドアのノブに視線を向けた。

地面から、90~100センチくらいの高さに位置している。

やっぱ、これがおでこにぶつかったんだな。

咄嗟に瞼を閉じてしまったのでその瞬間の光景は目にしてないけど、それ以外に考えられない。

あずまさんがドアを開けた際、ちょうど靴ヒモを結ぶ為に屈んでいたオレのおでこにノブが当たり、皮膚表面を削ったのだろう。

つーか、人の部屋のドアの前でそんなんやってるなんて、邪魔くさいにも程があるよな。

完全にオレが悪いんだし、ケガしたのも自業自得だ。


「病院行ったって、特別やることなんか無いですよ。せいぜい傷口を消毒されるくらいで」


今までの人生の中でも、頭をぶつけた事は何回かあるけど、別にその後何ともならなかったし。

無事にここまで、スクスクと成長して来た。

ま、星が飛ぶほどの衝撃は初めてだったけどさ…。

でも、きっと平気平気。


「だからあずまさんは気にしないで下さい。お騒がせしちゃって、すみませんでした」

「じゃあ、せめて手当てだけでもさせて下さい」


愛想笑いを浮かべながら、ひとまず自分の部屋に戻るべく、オレの腕を掴んだままだったあずまさんの右手をやんわりと外そうとしたところ、さらに指先に力を込め、彼は言葉を繋いだ。


「消毒くらいなら俺にもできますから。さ、早く上がって」

「へ?あ、あの…」


そのまま腕を引かれ、半ば強引に部屋の中へと連行される。

参ったな…。

あずまさん、絶対に責任を感じちゃってるよな。

オレが良い年こいて周りが見えてなかっただけなんだから、気に病む必要なんかないのに…。


「いま救急箱持って来ますから、ここに座って待ってて下さい」


ダイニングテーブル前の椅子までオレを誘導し、着席を促したあと、あずまさんはリビングへと歩を進めた。

着ていたジャケットを背もたれにかけさせてもらってから腰かけ、何気に彼の動きを目で追うと、西側の壁際に設置されているスチール製の網棚に近付き、一番上の段に置いてある赤い箱に手を伸ばす。

あれが救急箱なんだ。

プラスチック素材で小ぢんまりとしてて、何か可愛いな。
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