幸せになるために
そして脱脂綿の小袋を取り出すと、口を開けてピンセットで一かたまりつまみ上げ、消毒液をたっぷりとかけてからオレの顔を覗き込んで来た。

慌てて、処置しやすいように体の角度を変える。


「ちょっとしみると思いますけど」

「うっ」


予言通り、傷口に脱脂綿を当てられた瞬間、皮膚にピリッとした刺激を感じ、思わず小さく唸ってしまった。


「あ~、やっぱちょっと腫れてますね」

「そ、そうですか?」

「ええ。傷口付近がポコッと。いわゆるタンコブってやつですね」

「ああ、それくらいなら全然大丈夫ですよ。前髪下ろせば隠れる位置だし」


そんな会話を交わしている間にあずまさんは手早く傷口の消毒を済ませ、バンソウコウまで貼ってくれた。


「ありがとうございました」

「いえ。とんでもないです」

「それでですね、あの…」


道具の後片付けを始めた彼に、おずおずと話を切り出す。


「すみません。さっき、机の上が見えてしまったんですけど…」

「え?」


オレの言葉に一瞬動きを止めたあと、あずまさんは振り返って自分のデスクの上を確認した。


「ああ…」


納得したように頷いてからこちらに向き直り、再び手を動かしつつ言葉を繋ぐ。


「まぁ、仕方ないです。そもそも俺が自分で比企さんを招き入れたんですから」

「あれって、趣味としてですか?それとも…」

「仕事です。一応俺、プロのイラストレーターなんで」

「や、やっぱり!」


思わず興奮した声を上げてしまった。

先ほどチラッと目にした色紙のような紙。

そこには、華やかな色使いがなされている、イラストが描かれていたのだ。

誰かからもらった可能性もあったけど、どこにも飾らず机の上に寝かせておくってのはちょっと変だし、缶の中にあるペンの種類の多さから、あずまさん自身が描いた(もしくはまだ描いている途中の)イラストであると判断した。

一番最初に話をした時に「高校卒業と同時にここに住んで6年目」と言っていたから、現時点であずまさんは23、4歳。

一般的には社会人になっている年齢だけど、『企業戦士』っていう雰囲気はあんまり伝わって来なかったんだよね。

そしたら案の定、自宅でこういった、クリエイティブな仕事をしていたという訳だ。
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