幸せになるために
悪戦苦闘しながら何とか布団と枕におべべを着せたあと、押し入れには仕舞わずにそのまま畳の上に敷いた。

次に、衣類を片付けるべく、再びリビングに向かおうと戸口でスリッパに足を入れようとした所で……。


「んん!?」


その光景が、視界に飛び込んで来た。

洗濯カゴの中に入れられていたハズの黒のTシャツが、床から数10センチの位置に浮かび上がり、その高さをキープしたままふよふよと空中を横移動している。

そしてリビングの中央まで来て一旦制止すると、すぐさま、まるでダンスでも踊っているかのようにクルリ、と一回転した。


………………………え?


我が目と我が脳を疑いまくり、オレは自分のほっぺをつねったり、瞼をゴシゴシと擦ったりしてみる。

人間、信じられない現象を目の当たりにした時に、リアルに、こういうマンガチックな行動を取ってしまうものなんだな……。

って、どうでも良い事を考えて現実逃避している場合じゃない。

これはもう、どう頑張ったって、誤魔化す事はできない。

どんな名探偵だって、実証的で合理的で万人が納得できる解答を、導き出せる訳がない。

オレは思わずぶるっと身震いした。

間違いない。

この部屋には、オレ以外の誰かが、確実に存在している。

今まで必死に気づかないふりをしてきた真実を、ようやく受け入れた、その瞬間。

突如モワァッと、Tシャツを取り囲むように、黒い影のようなものが出現した。

初めはただ陽炎のようにユラユラとゆらめき、漂っていたその影は、それを構成している分子がお互いがお互いを求め合っているように、徐々に中心に集まり始め、そしてある形を成して行き…。

まるで奇術のように唐突に、オレから数歩離れたその位置に、一人の男の子が姿を現した。

オレに背を向け、Tシャツをバッサバッサと上下に振って遊んでいる。


「キャッキャッ♪」


今まで聞こえなかった、男の子の声までもを聴覚で捉えた瞬間、とうとうオレの精神は限界に達した。


「あんぎゃーーーーーー!!」


この世のものとは思えない、奇っ怪な悲鳴がオレの喉から迸る。

ビクッとしながら振り向き、目をまん丸にしてこちらを凝視する男の子に背を向けると、オレは脱兎のごとくその場から駆け出した。

……のだけれど、すぐさま足がもつれ、野球のスライディングのようにリビングの床に腹這いで倒れ込む。
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