幸せになるために
間取りが気に入らなかったり、手が届かないような家賃だったり、その二つの条件がクリアできていても交通の便が悪くて通勤に支障が出そうだったり。

贅沢かもしれないけど、「1LDK以上で風呂とトイレは別で、都内への一時間以内の通勤が可能」という条件は絶対に死守したかった。

28年間暮らした実家は今は亡き、父方祖父母の代からの建物だからかなり古いけど、広さだけは充分にあり、そこでのびのびと育ったから。

二世帯が暮らせるくらいの一戸建てと、単身者向けのアパートの部屋を同列に語るつもりは無いけど、せめて客を通す所と寝る所を明確にきっちりと分けられるくらいの生活スペースは欲しかった。

1Kとかだと、まるでキッチンの中に部屋があるみたいな造りで、家具や洋服に匂いが着きやすそうだし、お客さんが来たら寝室を兼ねているその場所に通さなくちゃいけなくてすこぶる落ち着かないし。

トイレと風呂が一緒というのも、すごく圧迫感を感じるし、旅行中数日間だけなら耐えられるけど、この先ずっとその設備で生活していかなくちゃいけないかと思うとかなりしんどい。

また、オレの職場は残業というのはめったに無いものの、シフト制で遅番の時は上がりが20時15分になるので、それから1時間以上かけて帰宅となると、家にたどり着く頃にはぐったりしてしまう。

しかも、今までみたいに母さんが夕飯を作ってくれて、風呂の準備もしておいてくれる訳じゃないし。

誰も待っていてくれない、夏は熱気のこもった、冬は冷えきった部屋に帰らなくちゃいけないのだ。

そんなこんなで先に述べた条件で家賃が6万円以内の所を探していたのだけれど、現実はなかなか厳しかった。

いや、実際にそういう物件も存在はしているんだけど、そんな好条件の所は当然すぐに埋まってしまい、現時点では全然空きがなかった。

思っていた以上に新居選びに苦戦し、だんだんと焦りが募って来ていたある日、兄ちゃんが「どうせ家賃を払わなくちゃいけないんだから、いっそのこと職場の近くに引っ越せば良いのに」とアドバイスして来た。


「いやでも、そしたら都内になっちゃうからなぁ。ますます家賃との折り合いが…」


そう渋るオレに、兄ちゃんは噛んで含めるように解説した。
< 6 / 225 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop